フライの雑誌-第125号(2022)から、〈釣り場時評98〉TAC強行のウラ事情 クロマグロ規制はいい加減である(水口憲哉)を公開します。
summary
●まさに盗人に追い銭。
●水産庁は、大型まき網によるクロマグロ産卵親魚の
大量漁獲を〝問題ない〟ことにしたい。
●ブリの規制に隠された不都合な事実。
●海洋生物資源は、漁業者が利用するから資源たり得る。
札幌地裁はとんでもない誤りを犯した。
●漁業法改悪を追い風とする水産庁の策動とは。
●市場経済の外にあって、昔も今もどこででも
カワムツ釣りは楽しい。
釣り場時評98
TAC強行のウラ事情
|クロマグロ規制はいい加減である
水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)
フライの雑誌-第125号(2022年発行)掲載
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まさに盗人に追い銭という始末
去年の暮れから今年の六月にかけて、太平洋クロマグロの釣獲規制やTACがらみでいろいろにぎやかである。
筆者なりにいろいろ考えてきたが、水産庁長官の国会での次の答弁を知りいろいろわかってきたので、今回は水産庁の危うさというか、いい加減さを整理してみる。
第一八九国会の参議院農林水産委員会(平成二七年五月二一日)の会議録九号には、政府参考人としての本川一善水産庁長官の次のような答弁がある。
「このようにクロマグロの幼魚の加入量は親魚の資源量とは無関係にそれぞれ変動しておるといったようなことでございまして、産卵数よりも、産卵をするということより海洋環境の方がやはり大きく影響するんではないかと。
たくさん卵が生まれても、その時々の海洋環境によって未成魚まで生き残るかどうか、こういったことが大きく影響しているわけでありまして、産卵場の産卵、親魚資源量の産卵が全てを規定していることでは決してないというふうに見受けられるわけでございます。
それから、北太平洋まぐろ国際委員会、先ほどのISCも、日本海の産卵場での漁獲が親魚資源の減少につながったとはしておりませんで、」
これは、自由民主党、鳥取県選挙区の舞立昇治議員の、「クロマグロの資源回復には産卵親魚の規制を強化すべきといった科学的根拠に基づかない議論─(中略)─感情論や感覚論に訴えて世論形成を図る動きが一部見られ、」とする疑問に答えたものである。
すでに本欄釣り場時評八五で紹介した、水産庁やニッスイ本社にマグロの旗一〇本と日の丸五本をかかげて、〝ニッスイは産卵期のクロマグロを獲るのはやめろ!〟と直接デモをかけた運動に直接対応したものと思われる。だから、質問者の舞立議員は、「親魚と稚魚の相関関係は確認されないほか、生存率、先ほども言われましたように海洋環境により大きく影響されるということで、ほとんど関係ないことが分かるかと思います。」と納得して感謝している。
まさに盗人に追い銭という始末である。というのは大臣許可のかつお・まぐろまき網という無差別・大量・大規模漁業のクロマグロ資源に与える影響の詳細な検討を全く行わずに、一般的な親子関係があるかないかの話に、すり替えてしまっているからである。
水産庁は、大型まき網によるクロマグロ産卵親魚の
大量漁獲を〝問題ない〟ことにしたい。
しかし、今回のテーマであるTAC問題を考える際には、水産庁長官が貴重な証言を行っている。二点に絞られる。
⑴太平洋クロマグロについては産卵親魚が多ければ、そこから産み出される漁業への加入量が多いとは限らない。相関関係が見られない。
⑵クロマグロ資源の漁業への加入量は海洋環境に大きく影響されるのではないか。
これはWCPFCの研究者たちが「再生産関係は不明」と言っているのをいいことに、産卵親魚の大型まき網による大量漁獲を問題ないことにしてしまっているのである。ただし、「再生産関係不明」と言っただけでは更に追及されるので、海洋環境決定論にまで具体的証明なしに勇み足をしてしまったということである。
これが、親子関係ありというMSY理論に基づき、海洋環境による加入量変動という考え方を全く無視して、多くの魚種についてTACを計算し仕切ろうという水産庁の考え方とは、ちぐはぐになってしまうのである。
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ブリ規制で隠された不都合な事実
いっぽう、クロマグロ問題については、結局二つの疑問がどうしても浮かび上がってくる。
①大型まき網による産卵魚の大量漁獲は本当に資源維持に問題はないのか。
②未成魚の小型マグロ(ヨコワ)は、クロマグロ漁業を維持し続けるためにどの位の量までの漁獲が許容されるのか。
この三〇キロ以上と以下に分けて考えるやり方は、三〇キロ以下では養殖業のための種苗採捕という問題がからんでくるので、さらにややこしくなる。
しかし、このようなややこしい関係は大型定置網における寒ブリの漁獲、ハマチ養殖のためのモジャコ採捕ですでに私達は経験している。
相模湾から紀伊半島におけるブリ狙いの大型定置網で一九七〇年代にブリ類の漁獲量が六万トンに達すると伸び悩み、昔のような大漁の声が聞かれなくなった。いっぽうブリ類養殖生産量は一九七〇年代末には一五万トンに達し、以降横ばい状態である。
そこでハマチ養殖の種苗用にと行われているモジャコ採捕への疑問の声が高まり、水産庁も全国の水研を動員しこの因果関係を調査するも明確な答えが出されずうやむやになっている。また、統計上モジャコ採捕量の実態を調べても報告がいい加減でよくわからない。
しかし、不満や疑問はくすぶっていた。そして一九八九年二月の朝日新聞(関西版)に〝寒ブリ食ってた「つくる漁業」 不漁続くはず幼魚とり過ぎ〟という見出しの記事が出るほどになった。
しかし、いっぽうで京都大学関連の水産研究者四名がいろいろ調べてゆくうちに、東シナ海、黄海海域で大・中型まき網船団が、二月中頃より南に下って産卵に集まってくる大ブリを三〇〇〇トン近く漁獲していることを突き止めた。
この数字は漁獲統計では明らかにされていないが、一九七〇年代中頃から、ハマチ、ワラサの漁獲量は増えても神奈川以南の大型定置網で大ブリがぱたっと獲れなくなってしまったことの原因としてはピッタリ当てはまる。
というのはこの三〇万本に相当するブリ銘柄別漁獲尾数の減少が実際に太平洋主要定置網において起こっている。そして、水産庁によるブリ資源評価では、一九九三年以前は、東シナ海・黄海海域の大・中型まき網による漁獲量が計上されていなかったという記述になって登場してくる。
すなわち、産卵親魚のまき網による漁獲量や養殖種苗の採捕がブリ類の大型定置網漁獲量へどのように影響するかということについては、水産庁はわかりません、究明できませんでした、ということで逃げている。
究明できない最大の理由は、一九八二年から八三年にかけての農林水産大臣であった金子岩三衆議院議員である。彼は李承晩ライン時代からの長崎県生月島のまき網船主で自民党の代表的水産族議員である。
これがブリにおいて、産卵親魚の大量漁獲と養殖用種苗としての未成魚漁獲について、私達が経験した事実である。
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漁業法改悪を追い風とする水産庁の策動とは
クロマグロについて、実態はどうなっているのであろうか。問題にする運動も、究明しようとする研究者や新聞記者も次々と出ては消えていくというか、潰されてゆくので今のところ霧の中である。
結局ハマチ養殖がカンパチ養殖に追いつかれ、クロマグロ養殖の種苗が人工種苗の生産増大で未成魚の漁獲への依存度が減少することなどにより、問題の重要度が減ったように見えてうやむやになってゆく。
クロマグロもブリと同じように、産卵親魚の漁獲を見なかったことにするというか問題ないことにして、海況変動が後押しする形で加入量がブリもクロマグロも増大することをよいことにして、未成魚漁獲の規制もゆるやかになってゆく。
いっぽう漁業法改悪を追い風として、水産庁は何でもかんでもTAC規制の網をかけ、魚種によっては更にIQで規制しようとしている。そのTACを考える時の基本が親子関係すなわち再生産関係に基づくMSY理論である。
この点について二つのことを言っておきたい。
一つは、冒頭の水産庁長官答弁にあるように、クロマグロではこの基本的考え方をとらない、ということである。それと同じことをマイワシや不漁続きで悩むサンマ、サケ、スルメイカにも当てはめ、不漁の原因を海況変動のせいにした。
二つ目には、水産庁の資源評価を行う研究者が全員、海洋環境変動軽視で、再生産関係に基づくMSY理論重視派かというとそうではない。一人だけ孤軍奮闘している研究者がいる。いや、いた。〝北西太平洋におけるサンマ資源の長期変動特性と気候変化〟(二〇〇二)以来、レジームシフトがらみでブリ、ヤリイカ等の漁獲量変動を読み解こうとしてきた、田永軍さんとその共著者達である。
田さんは日本海区水産研究所にいて、〝日本周辺の水産資源の長期変動に及ぼす気候と海洋環境変化の影響〟で平成二五年度水産学進歩賞を受賞したが、翌年の二〇一五年五月、中国海洋大学水産学院に移ってしまった。
「漁業者がいなくなる」
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札幌地裁はとんでもない誤りを犯した。
海洋生物資源は漁業者が利用するから資源たり得るのである。
粛々と進むクロマグロのTAC実施の中、この一年に起こったことをいくつか見てみる。
まず昨年六月から、遊漁においてクロマグロの釣獲が全面禁止になった。そして水産庁ウェブサイトのクロマグロ遊漁への規制措置に関するQ&Aでは、冒頭の水産庁長官答弁と同じことを繰り返している。
さらに今年一月には遊漁においても漁業と同じレベルの本格的TACによる数量管理に段階的に移行する考えであると、水産庁は公表した。「マグロを釣るのは罪なのか」(釣り場時評八五 本誌第一一二号)という心配が、一歩実現に向かった。そしてその二ヶ月後に水産庁は、六月からは〝クロマグロ釣り「大型一尾まで」解禁〟と公表した。
TACによる不当な措置により損害を受けた漁業者九名が国を相手に起こしていた損害賠償請求、いわゆる太平洋クロマグロ訴訟に対して、二〇二〇年一一月札幌地裁は「大臣の広範な裁量の範囲」として原告の訴えを認めなかった。札幌高裁に控訴していたが昨年一二月一四日漁民は再び敗訴した。
その判決で大竹優子裁判長は、「資源管理法は海洋生物資源の保存などを図るための法律で、漁業者の権利保護を目的とするものではない」と指摘している。これはとんでもない誤りで、海洋生物資源は漁業者が利用するから資源たり得るのである。
このような流れというか水産庁の無理押しに対して世論も動き出した。五月一九日の朝日新聞は経済面で、〝水産資源規制 漁業者は反発 管理強化「魚は残っても、漁業者がいなくなる」〟と大きく取り上げた(2頁写真)。記事の内容にはいろいろ問題もあるが、TAC強行に対する問題を正面から検討している点では評価できる。
他方、水産庁はマイペースで、今年の一月一日からかつお・まぐろ漁業(大臣許可漁業)に関して公的なIQ管理に移行した。
これはどういうことかというと、これまでは大臣管理区分のTACを業界が行う自主的な漁獲割当量(IQ)管理によって行ってきたが、これからは漁業者からの申請により水産庁が漁船ごとに漁獲割当量を設定するというものである。
この制度設計に向けた検討として、漁獲割当量の移転に関する手続きとして、○代船・承継に伴う漁獲割当割合の移転、同一船主内で漁獲割当割合の移転が可能。○漁獲割当割合を持つ漁船間でのIQ移転が可能(船主が異なっても可)。○いずれの場合でも農林水産大臣の認可が必要。──がある。
これはまさにITQ(個別譲渡可能漁獲割当)そのものである。水口(一九九〇)は、ニュージーランドのマダイについて検討されているITQに関して、海況による資源の変動と市場によって左右されることを問題にしている。この場合の市場は日本の消費市場のことである。実はその当時から沖合底曳網の許可枠というか権利は実質的にITQと同じように売買され取引されていた。
ここまで考えてきて『The Tragedy of the Commodity』(商品の悲劇)という本の卓抜さに気がついた。これはこのところはまっている斎藤幸平の『人新世の「資本論」』で唯一引用している水産関係の本である。著者のLongo,Clausen and Clark(2015)はクロマグロとサケの漁業から養殖業までの具体的実証を出発点として、若いマルクス経済学徒である三人の男女が水産業の世界的動向をまさに喝破している。当然Tragedy of commonsを出発点として水産資源が商品化される市場で取引されているITQの実態に注目している。
三〇年前には、市場は市場でも水産資源を商品化したあげくの市場取引ということには、全く考えが及んでいなかった。
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大型まき網の次なる狙い
最後に、高級魚クロマグロとは異なる雑魚について。まず、ウマヅラハギ。
今から五〇年ほど前に世界中で増えだし、日本では異常繁殖とも言える状態で公害魚とも呼ばれ漁業者からは当初迷惑がられた魚でもある。東京水産大学(現東京海洋大学)に就職するとすぐに学生達とウマヅラハギ研究班をつくり相模湾の定置網で獲れたものを調査しに毎月通った。そして一九七三年一一月には東大海洋研究所で「ウマヅラハギの異常繁殖に関するシンポジウム」を主催した。
この当時はウマヅラハギという魚の資源の実態は全くわかっていなかった。しかし、現在はどうかというと獲る魚がいなくなった大型まき網の漁獲対象種ともなり、水産庁は実態が殆どわかっていないけれど資源評価対象種として調査研究をしており、TACで管理されるとのこと。
この魚について、一九八五年東海大学出版会発行の沖山宗雄・鈴木克美編『日本の海洋生物─侵略と撹乱の生態学─』への寄稿を依頼され執筆した。しかし、次記の四行の削除に筆者が同意しなかったために出来上がった原稿は掲載拒否となった。
〈歴史教科書検定における文部省の考え方が、このさい参考になる。「侵略」を「侵出」にという改善意見の根拠として教科書調査官は、「〝侵略〟では特定の価値判断が加わっている」と提言したという。まさにそうであるがゆえに、歴史教科書では「侵略」が至当だし、本書で扱われる生物の現象にこの言葉を用いるのは不適当である。〉
時あたかもソ連のアフガニスタン侵攻の最中であった。そして今ロシアのウクライナ侵攻が行われている。多くのマスコミが侵攻という語を当然のように使用している。二〇二二年四月発行の「世界」臨時増刊号(岩波書店)のタイトルは「ウクライナ侵略戦争─世界秩序の危機」である。
もう一つの雑魚は、もとZacco属のオイカワとカワムツである。
今から三〇年ほど前、筆者は楽しみでやっている調査研究としてカワムツ二型の分布と生態を調べるために、この魚の棲むところどこでも機会があれば釣りをしていた。九州で釣りをしている時に、〝大の大人が昼日中雑魚釣りをしているとは〟といったようなことを言われた。余計なお世話というものである。
オイカワについては西日本で釣り大会がありセミプロ的な人もいるらしいが、カワムツについてはプロもいないし、釣り具メーカーも関心がなく完全に資本主義の市場経済のラチ外にいる。
水産庁に関わってもらう必要もないし、社会主義であろうと体制に関係なく昔も今も、どこででも、人と魚と水がある限り、遊びとしてのカワムツ釣りは楽しい。
(了)
『フライの雑誌』第125号掲載
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