初めてのデート

喫茶店のカウンター席なら、できるだけ端っこに座りたい。

大きな川のそばに喫茶店を見つけた。扉を開けると店内は縦に長い。店主に断ってから、扉に近い側のカウンターの端っこの椅子を引いた。10人は座れるカウンターの真ん中に、十代後半か二十代前半と思われる、若い男女の二人連れがいた。お客さんはテーブルにもうひと組だけ。

店内にはラジオがごく低く流れている。店主が慣れた手つきで扱うエスプレッソマシンが時折り蒸気を吹く。静かな昼下がりだ。

カウンターで二人並んだ席の、奥に座っている男の子の横顔が見えた。今風なのかな、という雰囲気だ。手前の女の子の表情は長い髪に隠れてわからない。聞くつもりはなくても、二人の交わす声が途切れ途切れに耳に入ってくる。

初めてのデート(?)っぽい。微妙な緊張感が二人の間に漂っている。

男の子は、少し年上らしい女の子を好きみたい。基本敬語使用。一人称は僕。高校時代の部活はバスケだったとか、自分は工業高校だったとか、県内で一番の進学校へ行った親友の話とか。訥々とがんばって自己アピールしている。

女の子はときどき、ふうん、そうなんだ、と相槌を打ってあげている。そのたびに栗色の髪がかすかに揺れるが、間がだんだん延びている気配だ。あきらかに二人の会話は弾んでいない。

知ってかしらずか男の子が、

「僕は何だかかんだかの時に、何だかかんだかの〝学び〟があったんです。」

と発言した。

何だかかんだか、はよく聞こえなかった。この状況でわざわざ持ち出す〝学び〟とは何だ。よほどの〝学び〟か。それとも場が盛り上がらなくてテンパっちゃったか。次は、

「〝気づき〟を得ました。」

とか言いだしそうで、こっちの背中が痒くなってきた。

「最近の女は〝学び〟と〝気づき〟で口説くのかのう。」とカウンターの端の老人がブツブツ。口説くって死語ですよ、おじいさん。「もぞもぞしちゃうぞ。ボ・ガンボスの〈恋をするなら〉を思い出しちゃったぞ。」。少しウザいですよ、おじいさん。

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ムーン・ベアも月を見ている クマを知る、クマから学ぶ 現代クマ学最前線」(山﨑晃司著) ※ムーン・ベアとはツキノワグマのこと