【公開記事】釣り場時評76-1 釣り人と漁協、 漁業権とダム(一) 山形県・小国川漁協が小国川ダム建設を承認した|水口憲哉|フライの雑誌-第103号(2014年発行)掲載

フライの雑誌-第103号(2014)から、〈釣り場時評76-1〉釣り人と漁協、 漁業権とダム(一) 山形県・小国川漁協が小国川ダム建設を承認した(水口憲哉)を公開します。

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釣り場時評76 1

釣り人と漁協、 漁業権とダム(一)
山形県・小国川漁協が小国川ダム建設を承認した

水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

フライの雑誌-第103号(2014年発行)掲載

summary

●埋立てに漁業協同組合が同意しない限り、ダムはできない。

●小国川の場合は組合員の反対運動を封じ込めようとしただけで、漁業権放棄は法的には成立していない。

【はじめに── 編集部から】

●〝本流にダムのない川〟小国川に山形県が計画している小国川ダムに対しては、地元の小国川漁協が反対する構図が長年続いてきた。しかしこの9月、小国川漁協が臨時総代会で「ダム賛成』を決議した。小国川ダム問題は、本誌第101号〈日本釣り場論〉でくわしくまとめている。小社ウェブサイトでも記事の全文を公開している。ここではかんたんに経緯を紹介する。

●単行本『桜鱒の棲む川』(水口憲哉2010)の[ダムのない川の「穴あきダム」計画をめぐって]の章にこう書いてある。

川の漁業協同組合が結束して補償交渉に応じない限り、ダム建設はできない。紀伊丹生川、愛媛県の肱川、川辺川ではそのようにしてダム建設が止まっている。小国川漁協はそのことを知って、なおいっそう元気に川と釣り場を守る意思を強くしている。そんな小国川漁協の取り組みを多くの釣り人が支援することが、これからも楽しい釣りを続けてゆくことを可能にすると思う。(47ページ)

●漁業法の枠組みの中で、開発に対抗しうる川をめぐる権利は、漁業権だけだ。ダムを作りたい側は、漁業権を持つ組合員の同意を得る必要がある。漁協組合員ではない釣り人は、ダム計画に関して対抗する法的な権利を持っていない。だから釣り人はダム反対の漁協を支援しようという論理だ。

●2013年末、ダムをどうしても作りたい山形県は漁業権の認可を盾にとり、小国川漁協へ圧力をかけた。ダムに反対するなら漁業権を不許可にするぞ、と脅したわけだ。山形県の横暴なやり口を全国紙、テレビ局がこぞって報道し、多くの批判を受けた。うろたえた山形県は、小国川漁協へ従前通りに今後10年間の漁業権を認可した。

●2014年1月末、山形県と小国川漁協との非公開の〝ダム協議〟が行われた。密室で両者にどんなやりとりがあったかは分からない。2回目の協議の直前に、小国川漁協の沼沢組合長(当時)が自ら命を絶った。長年ダム反対の先頭に立ち、漁協をまとめて引っ張ってきたのが沼沢氏だった。

●沼沢氏の後に就いた漁協の新執行部は、ダム反対の方針を転換し、総代会でダムへの賛否を問うと表明した。山形県が公表した「漁業振興策」で謳われたのは、アユの放流支援、施設拡充などへの公金の支出により「ダムがない川以上の清流を実現する」という、人を食ったキャッチコピーだった。流域の最上町、舟形両町も漁協支援を予算化してダムを後押しした。

●6月、小国川漁協の総代会において、「ダム建設やむなし」の普通決議について、賛成57/反対46という結果が出た。ダム建設のための漁業権放棄には三分の二以上の同意による特別決議が必要だ。だからこの賛成多数に意味はない。しかしもうダムを作る方向で仕方ないかと、ダム反対の組合員をあきらめさせるためには、十分な外壕埋めとなった。

●9月28日、小国川漁協の臨時総代会が開かれた。票数はダム建設に「賛成80票、反対29票」だった。注目されていた三分の二の票数をかんたんに越えた。10月8日、山形県と漁協との覚書きには、漁業補償を漁協が県に要求しないと明記。山形県は小国川漁協へ環境監視委託料として、年間500万円を今後10年間継続支給するという。

●漁業権を持つ小国川漁協がダム賛成に転じたことで、山形県は小国川ダム建設に関して障害がなくなったような素振りを見せている。2015年度に着工、17~18年度の完成を目指すと発表した。総事業費は約70億円だそうだ。本当に、このまま小国川へダムは作られるのだろうか。漁協がイエスと言えばダムは川に作られるのか。

●漁を生業としていない組合員がほとんどの漁協が漁業権を持ち、ダムを承認して、税金から補償を受け取る。それが漁業法の仕組みだと言ってしまえばそれまでだが、釣り人としては釈然としない。地域の未来は地域住民が決める。ただし漁協は住民の総意を代表しない。川は漁協のものではない。

●漁協が漁業権を放棄してダムの建設を認めた時、釣り人は釣り場が失われていくのを黙って見ているほかないのか。山形県が漁業権認可を盾にダム承認を小国川漁協へ強要した時、釣り人からも山形県へ大きな批判の声があがった。しかし小国川漁協がダム賛成へ転向した現在、釣り人は「ダムを欲しがる漁協の漁業権」に、大きな疑問を持っている。

●本欄「釣り場時評」執筆者の水口憲哉氏は、全国各地の海川湖での開発やダム建設に反対する地元の住民・漁民を支援する活動を、過去40年以上にわたり行ってきた。小国川に関してはダム計画が持ち上がった早い時期に小国川漁協から相談を受けて話しに伺い、国会議員への沼沢組合長たちの要請行動にも同行している。

●ダム問題は専門的な法律用語も多く、ややこしい。今号の「釣り場時評」では小国川ダムについて、水口氏に編集部の質問へ答えていただく形をとることで、問題点を分かりやすく整理する。そして今後、水辺の乱開発へ釣り人がどのように対抗できるのかを、考えてみたい。      (堀内)

編集部の質問と、水口憲哉氏の回答

※以下、質問者は編集部、回答者は水口憲哉氏です。

質問一  漁協が補償に応じない限り、ダム建設ができない理由と、事例を改めて教えてください。

回答一  ダム建設による埋立てに組合員が同意し、組合が漁業権放棄決議を可決することを補償に応ずるという意味で言っているのでしょうが、埋立てに組合が同意しない限りダムはつくることができません。その経過を65ページの図に示しました。

 この図の下への流れのどこの段階で止まっているかはいろいろですが結果として現在ダムがつくられていない事例としては球磨川漁協と川辺川ダム、肱川漁協と山鳥坂ダム、玉川漁協と紀伊丹生川ダム等の例が知られています。ただ、ダムの建設計画が中止になる理由は多様です。それぞれの具体的経過は66ページで説明します。

質問二  漁業権を行政が強制的にとりあげることはできないのですか。

回答二  平常時にはできません。

質問三  川の漁協には職業として漁をしている組合員はほぼいません。それでも漁業権はそんなに強い権利なのでしょうか。

回答三  「漁民の川から釣り人の川へ 再考」(64ページ)において詳しく述べます。

質問四  都道府県が内水面漁協が申請した漁業権を不認可した事例はありますか。昨年末の山形県の〝脅し〟は本気だったのでしょうか。

回答四  基本的には不法行為等による適格性失格にならない限り不許可にはできない。しかし、山形県のように小細工はできる。その結果翌年初めの話し合いの糸口をつくった。

質問五  内水面漁協は収益を貯めることが禁止されています。だから内水面漁協は「ボランティア」的な活動組織なのだという意見があります。内水面漁協はボランティア活動なのでしょうか。

回答五  NPO的な団体という側面もありますが、農協や生協と同じ協同組合です。水協法(水産業協同組合法)によってその活動が規定されている民主的組織です。

質問六  内水面漁協は生業として漁を行っていなくとも、河川工事やダム建設、道路建設などにより「漁ができなくなった」という理由で、税金から漁業補償を受けます。漁協組合員と一般遊漁者の釣りは差別できないことになっていますが、遊漁者には補償はないのでしょうか。また、漁業補償額はどのように算定されるのでしょうか。

回答六  河川での漁業補償額算定の始まりのモデルが電源開発方式であることからもわかるように、電力会社と漁民集団との契約関係の問題で、国や自治体の事業では税金が使われますが、額の決定についてはビジネスにおける力関係と同様のプロセスをとります。

質問七  これまでのダム反対運動で、釣り人の側からの働きかけがあればその事例と、結果を教えてください。

回答七  長良川河口堰建設反対運動という釣り人が始めた運動を詳しく検討してください。

質問八  山形県は環境監視委託料として、小国川漁協へ年間500万円を今後10年間継続支給するそうです。このお金にはどんな意味があり、どのように使われるのでしょう。漁協以外への還元はあるのでしょうか。

回答八 環境監視委託料とは、九月二八日の非公開総代会で県から提示されたという流域監視料のことかな。これは遊漁者を監視する見まわりの人の人件費のことかと思いましたが、まさか、県が環境悪化を防ぐ守り人育成費用を出す訳ないでしょ。原発建設の際に電力会社の払う漁業協力金のようなもので気持ち悪い。

質問九  漁協が漁業権を放棄すれば、もうダムに反対する法的な根拠は一切なくなるのでしょうか。

回答九  今回の小国川の場合は組合員の反対運動をある部分封じ込めようとしただけで、漁業権放棄は法的には成立していない。詳しくは、「漁民の川から釣り人の川へ 再考」(本号64ページ)。

質問一〇 漁協がダム賛成に転じても、なお、小国川ダム反対の声をあげている流域住民の方はたくさんいらっしゃいます。漁業権以外で流域住民がダム反対をするには、どのような活動が考えられるでしょうか。

回答一〇  前問への回答と関連して後述します。東日本震災の結果中止になった岩手県気仙川津付ダム建設の例が参考になります。

質問十一  小国川漁協の組合員の中にも、新執行部の方針転換に不満を持っている方はいらっしゃいます。たとえば彼らが新しく漁協をつくる方策はないのでしょうか。

回答十一  スズキイチローさんの提案(今号59ページ)のようにその可能性はあります。しかし許認可するのは山形県ですよ。五、六年後ダムが完成してから、もし新組合ができたとしても何の意味もないでしょ。新たな赤字団体をつくるだけです。釣り人は川を選ぶので漁協は関係ありません。

(略)

※本稿に関連する〈日本釣り場論〉は本号54ページから掲載しています。水口憲哉氏の釣り場時評②「釣り人と漁協、 漁業権とダム(二) ─漁民の川から釣り人の川へ 再考」は本号64ページから掲載しています。ご参照ください。        (編集部)

フライの雑誌-103号


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