単行本『葛西善蔵と釣りがしたい』(2013)より、「白昼の訪問者」を公開します。必ず足の甲を目がけて落ちてくるピンポンは直しました。
(編集部)
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白昼の訪問者
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白昼の訪問者
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東京の西、日野市の片田舎の住宅街の中にあるオンボロな一軒屋がフライの雑誌社である。平日の昼間に二階の編集室へこもって仕事していると、いろんな方がやって来る。
玄関のチャイムが「ぴんぽ~ん」と鳴れば「ハーイ」と叫んで階段を駆け下りてゆくのは、わたしの仕事だ。サザエさんみたいだナ。
年代物のインターフォンがあるにはあるのだが、壁面への取り付け金具がこわれている。受話器をとると必ず台座ごと足の甲に落っこちてくる。とっさに避けられればいいが、何回か直撃を喰らった。これがその場に座り込みたくなるほどに痛い。
だから最近はインターフォンを使わず、いきなり玄関ドアを開ける。防犯上はよくないのだろうが、強盗よりもインターフォンに足を直撃される方がこわい。
先週は「ぴんぽ~ん」で「ハーイ」と出たら、頭にねじり鉢巻をしたいなせな職人さんが立っていた。白い歯を見せてニカッと笑う。どこかで見たことあると思ったが思い出せない。
「どうも! 忘れちゃった? 一年たったら顔忘れちゃうよな! あははは。」
そうか、去年うちに飛び込みでやって来た植木屋さんだ。植木屋さんは豪快にからからと笑った。
気が小さくて頭の悪いわたしは、人の顔と名前を覚えるのが昔から苦手だ。顔を正面から見られないし記憶力も弱い。そのせいで、これまでたくさんの相手に不愉快な思いをさせてきた。だれだって「あんただれでしたっけ?」という表情をされるのは気分が悪い。編集者的には致命的な欠陥だ。
一年ぶりの植木屋さんが言うには、「去年切った木が伸びたから剪定した方がいいよ。今なら去年と同じ値段にしとくよ。」とのこと。うちは、職人さんに頼んで剪定するほどの銘木が植わっている豪邸ではない。個人的には雑草も木も伸び放題のトトロの森に暮らしたい。
でも爽やかな職人さんにグイッと押されると、曖昧に笑って
「じゃあ、お願いしようかな。」
と言ってしまった。
去年仕事してもらっているときはあんなに親しげに接していたのに、一年たってすぐに相手の顔を思い出せなかった。そんな薄情な自分のココロの引け目が大きかった。こっちの勝手な思い込みだけれども。
植木屋さんはてきぱきと仕事をしてくれて、うちの周りは散髪したての小学生男子みたいに涼しくなった。剪定料はそこはポリシーだから即金で払った。世の中的にはわずかな額でも、お金ないのにな。ふぅ。
植木屋さんが帰ってからふと考えた。なんだかこれって、秋から冬にかけて毎週うちを目指してやってくるおいも屋さんとの関係に似ている。おいも屋さんのおじさんが日曜日にやって来るたび、わたしはきっとおいもを大量に買ってしまう。
おじさんは、夏は競輪と競馬を追いかけて全国を旅しているらしい。三月の最後の日に、「一〇月になったらまた来るよ。」と言っていた。今年もおじさんは来るのだろうか。おいも買うんだろうなわたし。
おいも屋さんについてもの思いにふけっていると、また「ぴんぽ~ん」と玄関が鳴った。
どたどたと階段を降りて、「はーい」とドアを開けたら、のりのきいた白いワイシャツにネクタイをした、人の良さそうな中肉中背で眼鏡のおじさんが立っていた。
このおじさんには会ったことがないはずだ。たぶん。
おじさんはわたしを見て、品のよい営業スマイルで言った。
「◯◯互助会です。このたび縁起のいいお墓づくりの勉強会をするのですが、お父さんかお母さんはいらっしゃいますか?」
おじさん、おれがお父さんです。
「フライの雑誌」オリジナルカレンダー(大きい方)、残り少なくなりました。