単行本『葛西善蔵と釣りがしたい』(2013)より、「夢のまた夢のサクラマス」を公開します。
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夢のまた夢のサクラマス
堀内正徳
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夢のまた夢のサクラマス
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「幅広」とは、魚の腹から背までの立ち上がりの幅が広いことを指す。
ヘラブナやタイ類はもともと幅広体型の魚である。幅広の魚は水流を受ける面積の関係で、ハリがかりしてからの抵抗が大きい。つまり引きが強い。ブルーギルも幅広体型の典型であるから、同じサイズならばブラックバスよりも引きが強い。
水中に沈んだウチワを引っ張り上げてくるだけでも重いのに、そのウチワが釣られまいとして右に左に逃げ回るんだから、たいへんな騒ぎになる。
先日はじめて釣ったストライプトバスという北米原産の魚も幅広系の体型だ。わたしがかけたのはせいぜい四〇センチどまりだったが、ごく硬調のグラファイトの五番のフライロッドが、根もとからひん曲がってギシギシ悲鳴を上げた。キャーッ、って感じでわたしも悲鳴をあげた。
その管理釣り場では、最大八〇センチクラスのストライプトバスが釣れるということだ。もしそんなのがかかったら本当にとんでもないことになる。経験者の話では「一〇番のロッドでもきびしいかも」とのこと。ハリスは五号以上で、そんなのロープじゃないか。キャーッ、である。
スゴ腕フライマンの山形の友だちがいる。過日その友だちから電話があって、
「いやじつはよ。昨日釣ったんだわ。ほれ。」
ということで、ものすごいサクラマスの写真がメールで届いた。
もうこれがほんとに、腹から背びれまで三〇センチ以上ありそうな、信じられないほどに幅広のサクラマスだった。友だちは「板マスだナ。」と言っていたが、まさにベニヤ板のような魚体だ。体長もゆうに二尺、六〇センチを超えている。
こんな幅広のサクラマスを、五月雨を集めてはやい大本流のまんなかでかけたら、いったい釣り人はどんなことになるのか。
サクラマスの繊細な表情は、堂々たる銀ピカの体躯に比して、どこかアンバランスなものだ。
釣り上げられ、釣り人の前に一糸まとわぬ姿を横たえてさらしながら、なお威厳を失わない。地球上の生きものとは思えない神々しさである。
〝わたしはわたしの祖先と同じように、川で生まれ海で育ち、また生まれた川へ帰ってきたんだ。〟
とサクラマスが言っている。
あなたを釣りあげて、胸に抱いた瞬間に河原で昇天できれば本望だけれど、そんな死に方はあなたが許してくれそうにない。
夢のまた夢のサクラマスである。
「フライの雑誌」オリジナルカレンダー(大きい方)、残り少なくなりました。