【公開】7月1日はヤマベ記念日|フライの雑誌-第86号(堀内正徳)

春がかけ足で過ぎてゆきました。関東地方の水辺にはもう初夏の香りが漂い始めています。でも北海道ではまだこれからがサクラの季節。ウズウズするような5月がおわって6月になれば、長い冬にため込んでいたエネルギーを一気に発散するような、フライフィッシングに最高の季節がやって来ます。川に生命がみちあふれます。そこで、ちょっと気が早いですが、『フライの雑誌』第86号(2009年8月25日発行)より、「7月1日はヤマベ記念日」(堀内正徳)を紹介します。8年前のすばらしい釣りでした。ああ夏が早く来ないかな。

(編集部)

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7月1日はヤマベ記念日


昭和20年、30年代の北海道は、道内全域がヤマベ(北海道ではヤマメをヤマベと呼ぶ)だらけだったんだよ、と季刊『釣道楽』創刊編集長の坂田潤一氏は言う。

まだ40歳そこそこの彼なので、「ヤマベだらけ」は、彼の親の世代やもっと上の人々からの伝聞である。ただ彼は、昭和50年代でもまだ電気の通じていなかったほどの山深い日高山脈で生まれた。開拓魂に満ちあふれた先輩方から〝ものすごかった時代の北海道〟話を子守唄としてすくすくと育ってきた。

おかげで今は身長180㎝超、体重100㎏に育った、というか育ちすぎた。医者から「きみ死ぬよ。」と脅されてダイエット中だが、それでもすごい体だ。「おれ、高校のときはバレーボール部の絶対エースで、体重50キロの美少年だったんだよ。」と何かにつけてアピールしてくるが、今はただの中年のくまである。

脱線した。

「当時はダムなんかなかったからね。本当にヤマベだらけだったの。釣れすぎてビクに入りきらないから、背中のリュックに入れて釣って、それでも入らなくて河原に埋めて、家族総出で回収したの。それくらい釣れたんだからね、すごいでしょう!」

まるでつい昨日、自分が河原に埋めたヤマベを拾って歩いていたような坂田潤一氏の話を聞いていると、北海道の大自然の生命力が山津波のように押し寄せてきて、頭がくらくらするのである。


稚魚の時代に海へ下ればサクラマス、下らずに川で生活すればヤマベだ。北海道でもダムや堰堤によって海とのつながりが絶たれた川には人が放流したヤマベも生息しているが、本来のヤマベの姿ではない。

よく知られているように北海道では、海から川に帰ってきたサクラマスは一切釣ってはいけない。海へ下るサクラマスの仔を助けるために、ヤマベ釣りはきびしく禁漁期間が定められている。北海道の東部では7月1日がヤマベの解禁日だ。

水産畑出身の坂田氏は、「北海道の規則はふるい時代に決められたのに、サクラマスを守るにはとてもよくできている。」と感心する。サクラマスをシロザケのように人工増殖させたくて、ヒトはたいへんな労力と費用を投入して孵化放流を繰り返して来たが、芳しい成果は挙がっていない。

結局、自然の川で自由に産卵させるのがいちばんサクラマスが増えるようですね、と国も最近になって認めつつある。

気高いサクラマスは、こうして見事に人間のコントロールから逃れた。ヒトができる最善のことは、川を原始自然の姿のままにそっとしておくことだ。


今年の7月1日、オホーツクの川に出かけた。

「ヤマベの解禁日はみんなで楽しむ、年に一度のお祭りなんだよ。そりゃあもう美味しいんだから。」

と坂田氏に電話で自慢された。

いったん電話を切ったわたしは、一週間後の飛行機のチケットを即確保した。折り返し電話して、「来週行くから。」と宣言したときは、なぜか〝してやったり〟な気分であった。

札幌を坂田氏の車で出発し、一世代下のS氏と3人で深夜の北海道を横断した。車内では同世代の坂田氏と私によるいつもの〈なつかしのマンガ話、アニメ&ヒーローソング、’80年代歌謡曲ヒットパレード〉が、延々と6時間も繰り広げられた。S氏にはわるいことをした。『センチメンタル・ジャーニー』の振り付けなんか興味ないよね。

オホーツク海沿いの目的の町へ着くと、地元のフライマンの友人がいらいらしたふうで待ち構えていた。「遅いですって。もう夜が明けちゃったじゃないですか。」

普段は大物ニジマスを追っている友人は、「今日はフライなんか使いません。ブドウ虫です。」と、小継ぎのエサ竿を誇らしげに掲げた。そして、「郷に入れば郷に従えって言葉、知ってますか?」と挑発してきた。

言ってくれるよねえ。と思いながら、私はもちろんフライロッドを手にした。

そして30分後にはあっさりエサ竿に持ちかえていた。エサはイクラだ!


この日、地元のベテランフライマンW氏と5人で、町からたった5分圏内を流れている川の数本を巡った。W氏は「今年はすこし反応がよくない。」とぼやきながら、まるでワラビ山のワラビを採るように、ヤマベを釣っていった。

その腕に感動というより、小雨をまったく気にせずオートマチックにヤマベを釣りつづける背中に惚れた。川には地元の釣り人がたくさん来ていて、どなたも十分な数のヤマベを魚籠に入れていた。

この川の毎年のヤマベの解禁日には、今日と同じ風景が数十年もかわらず、繰り返されてきている。もちろん放流は行われていない。

サクラマスが産卵し、仔が生まれて海に下り、川に帰ってきてまた産卵する日々が繰り返されているだけで、川にはヤマベがあふれている。これが川本来の姿なのだ。釣り人は豊かな川の恵みを、ほんの少し分けてもらう。食べる分だけ釣らせてもらう。

午後はW氏宅に呼んでいただき、釣ったばかりのヤマベを料理して皆んなで食べた。揚げ物だ。熱々の汁をしみ出させながら、やわらかい身がほろほろと口の中でほぐれていく。ヤマベ特有の香りが鼻に抜ける。仲間と一緒に食べるからさらに美味しい。しばし釣り人の幸せをかみしめた。

釣った魚を食べられるのは釣りの大切な魅力のひとつだ。この喜びをずっと後の世代にも伝えていける川を残したい。

こころの底からそう思うのである。


堀内正徳(本誌編集部)

フライの雑誌-第86号特集◎辺境を釣る。個人的には大好きな特集企画で、内容だって最高なのに、なぜか返本率ナンバーワンだったというちょっぴり哀しい号。今からでも遅くないので皆さん買ってください。在庫たくさんありますから。
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