単行本『魔魚狩り』水口憲哉2005より、「バス問題とサツキマスにおける作為と作意」を掲載します。初出は『フライの雑誌』第63号(2003年11月)です。釣りと外来魚、生物多様性と水産業の今後に関して、混迷の度合いを深めている現在の社会情況を読み解く一助となればと思います。記事末に編集部からの注釈コメントを追加しました。
(編集部)
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バス問題とサツキマスにおける作為と作意
レッドデータブックからサツキマスを外した
環境省と御用学者のあきれた小細工
『フライの雑誌』においてこれまでブラックバス関連で筆者が書いてきたもの(54、55、61号掲載分)が、環境省のホームページで読むことができるようになった。
編注:第54号「生物多様性主義という空虚」、第55号「ブラックバス→琵琶湖→義憤むらむら」、第61号「ブラックバス駆除騒ぎに感じる気味悪さ」は、単行本『魔魚狩り』2005に掲載
この数年いわゆるバスの駆除派と呼ばれる人々が、筆者を名指しで批判することはほとんどなかったが、ただ秋月岩魚氏だけが二冊の著書で具体的に筆者の発言を批判している。
そこでやり玉にあがっているのは、『日経トレンディ』で、よく分かっていない記者が取材に来て話したことをもとにまとめた記事の一部で、大きく間違ってはいないがとても筆者が責任をもてるものではない。
ただし、その中で秋月氏は、日本の内水面の釣り場が「釣り堀」化していると筆者が主張することを批判しているが、この点については『フライの雑誌』のこの欄で一五年以上も前から書いていることで、その状況はますます進行しており、神奈川県の沿岸域についてはマダイでもそうなってしまっている。この点についてはもっと現実を直視してくださいというしかない。実はこのことは後述する生物多様性とも深く関わっている。
書かれていることがまともすぎると言うか
ある意味では常識的なことなので、生物多様性は絶対正しく
世の中のことはそれですべて律すべしという
彼等の考え方では太刀打ちできない
それはともかく、秋月氏達はなぜ本誌で私自身が書いていて責任をもてるものについての批判をしないのか。最初に考えられる理由としては、書かれていることがまともすぎると言うかある意味では常識的なことなので、生物多様性は絶対正しく世の中のことはそれですべて律すべしという彼等の考え方では太刀打ちできないというか、難くせがつけにくいということかもしれない。『フライの雑誌』の発行部数が多くないので見ていないというのは理由にならない。
冒頭で紹介した三篇の「釣り場時評」は、二年半前の立教大学における秋月氏や中井氏との公開シンポの後に書いたもので、その後の連続講座や各地の集まりなどで資料として配付しているし、インターネットでも調べることができる。しかし、その存在は知っており読んでもいるが取り上げたくない最大の理由はどうも『フライの雑誌』には関わりたくない、知らんぷりですませておきたいということらしい。
というのは、『フライの雑誌』に関わりだしたらどうしても十年ほど前の「本多勝一氏への公開質問状」に決着をつけなければならなくなる。
ブラックバスについて非難する記事は十数年前よりいろんなところでそれなりに見られていた。しかし、終刊する直前の『朝日ジャーナル』に四回連載の本多勝一氏の記事はあまりにも滅茶苦茶なので真意を問う形で本誌第19号において公開質問状を書いた。それに対して本多氏からは忙しくて対応する時間がないという連絡があってそのままになった。しかし、その後本多氏のご子息の本多きよし氏(筆名多田実)が雑誌『Views』誌上で中禅寺湖のスモールマウスバス問題について秋月氏と共著で取り上げた。これで一時下火になっていたバス問題に再び火がついた。
本多きよし氏が、マスコミ各社や関係者(後述する秋田の杉山秀樹氏のところにたまたま行っていてそのファックスを見せてもらったのだが)に、これからはスモールマウスバスが問題だ、取り上げよう、という文書を送った。そのことを含めて、父親はラージマウスバスで息子はスモールマウス、これは何なんだと本誌第35号で書いた。
しかし、父子からは何ら反応はなかった。秋月氏の最初の著書のゴーストライターは本多きよし氏ではないかとうわさされているような同じ生物多様性研究会の会員としての親しい関係からして秋月氏がバス問題で『フライの雑誌』に関わるのはタブーと考えるのは当然といえる。以上のことについては、本誌に筆者がこれまで書いたことについてを始めとして、秋月氏および本多氏父子からの反論なり意見をぜひ本誌に寄せていただきたい。
最近の秋月氏の著書『ますます広がるブラックバス汚染』では、さらに二つの発言が批判されている。一つは、今年一月の朝日新聞に筆者が書いた「私の主張」に対して一ヶ月半後に琵琶湖の漁協組合長が水口は最近の琵琶湖におけるブラックバスの漁獲量は多くて四〇トンと言っているが直近の数字は一三七トンで誤りであると指摘したことである。
これはそのすぐ後に『ゼゼラノート』(http://www.zezera.com/)がきちんと対応してくれたので放っておいた。どういうことかというと今年の一月までに公表された統計資料では水口の言う通りだが、二月に公表された資料の数字が一三七トンであった。そのことを理由に水口は誤ったことを言っていると思わせようとする一種の作為(つくりごと)または作意(たくらみ)である。扱う統計資料の期間が異なっているのを知らんぷりして同じ資料を用いて水口が誤った判断をしていると思わせようとしたのである。
ともあれ、二〇〇一年のブラックバスの漁獲量がそれまでより数倍に急増したことには、ブルーギルを含めた外来魚に対する県の買上げ価格の上昇や駆除作業の成果を宣伝するための数字づくりなどといろいろの背景というか理由が考えられる。
そこで問題となるのは、農林水産省近畿農政局滋賀統計情報事務所が滋賀県農林水産統計として公表している魚種別漁獲量の詳細である。特に漁協別のブラックバスの漁獲量である。琵琶湖全体の数値が公表されているので当然漁協ごとの数字もあるに決まっている。県や国はお金がからんでいるので出せないと言うかもしれないが、リリース禁止訴訟と並行して行われている滋賀県を相手どっての原告浅野大和氏の補助金差止の行政訴訟においてはこの数字が重要となってくる。税金を使って外来魚の漁獲量について漁協の申告に応じて駆除事業費を払っている滋賀県漁連への滋賀県からの補助金が問題となっているからである。(編注:初出時にあった川辺川ダムに関係する漁業権の強制収用に関する記述を省略)
秋月氏が筆者を批判している二つ目の点は、中央環境審議会野生生物部会第五回移入種対策小委員会(六月九日開催)で日本釣振興会が推せんした参考人として意見陳述を行った際の岩槻委員長との質疑応答において、ブラックバスが科学的に害がある、あるいはないという判断のできるデータを持っているかという質問に対して、筆者が持っていないと答えたとして、筆者は何も分かっておらず委員会で批判されたかのように理解できる記述をしている。
この点についての具体的事実はまもなく環境省ホームページに掲載される第五回の移入種対策委員会の会議録の質疑応答の部分(四三字で四〇行)を読んでいただけば分かる。ここで今それを再録することもないので、ただこの質疑応答を環境省の担当者がまとめて議事概要として公表しているのでそれを紹介する。なおこの時秋田の杉山氏も参考人として意見を述べている。
「ブラックバスが科学的に害がある、あるいはないという判断ができるかどうかということをお伺いしたい。お伺いした範囲では、例えば密漁に対して1万分の1ぐらいというような数字が出たが、それは感覚的なもので、ほとんど害がないということを科学的にどこまでいえるのか確認しておきたい。
→私はレッドデータブックの存続を脅かす原因という点数を数えたら、ああなったと言っているだけで、害があるともないとも言っていない。害があるというのは非常に難しく、事実をどう評価するかであり、影響があるかどうかという点では日本にそのような研究者はいないので、資料を出していくことが重要。」
このようなやりとりをいくら秋月氏がねじ曲げても情報公開とインターネットの時代、小細工はきかないのである。
この小委員会で意見陳述をする際に参考資料として、冒頭に紹介した『フライの雑誌』の三号分の「釣り場時評」のコピーを配布したので、環境省としては会議資料としてホームページに掲載することになったわけである。
サツキマスの問題とは何か
一言で言えば、環境省が国土交通省のゴリ押しに屈して
レッドデータブックから五月マスを外したということである
前置きが長くなってしまったが、今回はこのときに話した生物多様性と魚類放流との関係、そしてサツキマスの問題から始まって中禅寺湖のホンマス、北海道のニジマスへと検討を進めてゆきたい。
この小委員会の質疑応答の半分近くが筆者に対するものであり、あとの半分がキャッチ・アンド・リリースに関するお馬鹿なお話であった。これを聞いて少し整理しておかなければと思い検討したのが、本誌前号の「リリースを法的規制するのは、とんでもなくおかしく、間抜けだ」である。
サツキマスの問題とは何か。一言で言えば、環境省(その当時は環境庁)が国土交通省(当時の建設省)のゴリ押しに屈して、今年五月発行のレッドデータブックからサツキマスを外したということである。
本誌で何度も取り上げたように、長良川河口堰建設にともない海と川を往き来しているサツキマスの存在が危うくなり、さらにサツキマスの中に見られる二つの型が消されてしまうのではないかと心配した。それはまさに生物多様性の問題である。
そうであるからこそ一九九一年発行の「日本の絶滅のおそれのある野生生物︱レッドデータブック︱(脊椎動物篇)」において、サツキマスは絶滅危惧種として登録掲載されたのである。そのことをもって河口堰建設反対の人々がサツキマスを守れと声高に叫ぶのをいやがって、建設省はサツキマスのレッドデータブック外しを画策した。
当時水産庁にいて現在近畿大学教授であり、先に述べた環境省の移入種対策小委員会の専門委員でもある細谷和海氏は、レッドデータブックに登載する魚種選定の責任者でもあったので、水産庁の役人として建設省の圧力に屈したのかどうかは不明だが、屁理屈をこねて、環境庁のレッドデータブックからサツキマスを外し、水産庁のデータブックでサツキマスを取り上げた。
そこで用いた屁理屈は、今年五月に刊行されたレッドデータブックの中の四、汽水・淡水魚類レッドデータブックの見直し手順において、次のように述べられている。
「また、旧版で絶滅危惧種に選定されていたサツキマスは、以下の理由により今回の選定評価の対象外となり本書には掲載されていない。即ち、サツキマスはアマゴの降海型であり、分類学上はアマゴ(亜種レベル)に含まれる。旧版では亜種レベルに満たないグループも選定対象としていたが、今回の見直しでは、選定評価の対象を分類学上の亜種レベル以上に厳密に限定したことから、サツキマスを含むアマゴ全体が評価の対象とされた。アマゴ全体で見れば、絶滅の恐れがあるとは言えないことから、サツキマスは本書に掲載されなかった。サツキマスの自然個体群の希少性に変化があったものではない。」
なんたる文章か、これを作為あるいは作意と言わずして何と言うか。この文章からいろいろなことが考えられる。
一、サツキマスはアマゴです。アマゴを放流すればサツキマスが減る心配はありませんと主張した水資源開発公団や建設省を、環境庁は認めたことになる。
二、確かに全国的に見れば放流によってアマゴは減っていないかもしれない。しかし、現在その川独自の在来のアマゴが生息している川が、どれだけ存在しているか。生物多様性の観点から環境庁はそのことをこそ問題にすべきである。
三、サツキマスはアマゴだから絶滅危惧種ではない。しかし、サツキマスは以前として絶滅危惧種であることに変わりはない。しかし、魚類学的網かけをゆるくする形で見なおしたので、今回のレッドデータブックには記載されない。建設省の意志に沿った環境庁の作為というかむしろ詐欺というしかない。
四、ここで魚類の分類学的判断に関して、降海型、亜種レベル、という言葉がでてくるが、そんなに自信をもって言えるきっちりとしたものなのか。ここではサツキマスは亜種レベル以下、亜種ではないと決めつけられているが、同じレッドデータブックのビワマスについての記載の中で、滋賀県琵琶湖博物館の前畑政善氏は「サツキマス(O. m. ishikawae)に酷似し、」と述べ、サツキマスはビワマスと同じレベルの亜種として認めている。ごまかしの口裏合わせがうまくゆかなかったのである。
細谷和海氏の小細工もそんなものでしかないのだが、外来魚問題に関する質の悪さは次の文章で明らかとなる。同じレッドデータブックで絶滅した日本固有種のスワモロコについて同氏は次のように書いている。
「一九六〇年代に絶滅したと言われる。その原因について、諏訪湖へ移殖されたホンモロコ(G. caerulescens)との種間競争に敗れたとか、ホンモロコまたは周辺のタモロコとの交雑により純系が消滅したなどの説がある。」
これは外来魚によって絶滅に追い込まれたとも理解できるが、どこまで本当か分かったものではない。それより次の文章にはあきれてしまう。
「現在の諏訪湖では湖岸の多くはコンクリート護岸され、本亜種の産卵適地は限られる。また、近年、ブラックバスが大繁殖しており、たとえスワモロコ個体群が一九六〇年代以降も存続していたとしても、絶滅は必至であったと予想される」
出会ったこともないブラックバスに絶滅されると決めつけられてしまっている。これは亜種レベル以下の研究者なので、問題とすべきではないかもしれない。実は日本魚類学会の研究者もほとんどこんなものでしかない。レッドデータブック最新版では、オショロコマやビワマスは準絶滅危惧種扱いで、サツキマスの何でもないとというのとは大分ちがう。
ところで、スモールマウスバスで大騒ぎとなった中禅寺湖にいるホンマスとは何か。これは十九世紀に移殖放流されたビワマスとサクラマスの交雑種で、雑種第二代も自然繁殖するという。有難いとされているホンマスが外来種同士のハイブリッドで、なおかつこれが自然繁殖し続けるとすると、種とは何か、亜種とは何かということになる。それよりも生物多様性の観点からはホンマスの存在をこそ問題とすべきである。
そんなことを考えていたら、数年前より北海道で問題とされていたニジマスとブラウントラウトの分布域拡大が、外来種問題で加熱し、北海道庁は、ブラウントラウト、カムルチー、カワマスの移殖放流禁止に続いて、今後ニジマスの移殖放流禁止を視野に入れた動きを見せているという。
本誌の大分昔の号でも取り上げたがニジマスを排除ということになると日本の内水面遊漁は滅茶苦茶なことになる。そんなに大騒ぎすることではない。外来種問題について環境省がパブリックコメントを求めている。ニジマスについてきちんと発言しておく必要がある。
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単行本『魔魚狩り』水口憲哉2005掲載
初出:『フライの雑誌』第63号(2003年11月)
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※編注
記事末で、北海道庁による「ニジマスの移殖放流禁止を視野に入れた動き」に触れている。2014年に北海道で指定外来種へのニジマス入りを巡ってパブリックコメントが実施された。道庁がパブコメ参加者の個人情報を盛大に漏洩するというお粗末なミスもあったりなんかしちゃったりして、現在のところ北海道の指定外来種からニジマスは外れている。
また、「ニジマスを排除ということになると日本の内水面遊漁は滅茶苦茶なことになる。」と書かれている。その後、2015年になってニジマスは産業管理外来種という新たなカテゴリーに入れられた。しかしながらその趣旨は行政レベルでもよく理解されていない。
外来魚と水産・遊漁をめぐる社会の動きは、ドタバタ感がつよい。水産サイドにとっては、生物多様性保全と口にした時点で、今まで先人が積み重ねてきた水産的価値観を否定せざるをえない。そんなことはできないだろう。ではどうするべきか。
生物多様性の考え方は20世紀末に登場した新しい価値観だ。(1993年の生物多様性条約に始まる。ちなみに米国は批准していない) 水産庁は今年2017年、産業管理外来種についての公開意見交換会を開催している。このような企画を水産庁は今まで行なってこなかった。遅いけれど前進だ。21世紀の水産業、遊漁のありようについて、社会科学的な観点からの公的な議論の場が危急に求められている。
(堀内正徳 フライの雑誌社編集部)
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> 【特別公開】 産業管理外来種とは何じゃらほい 国策で増養殖が奨励されてきた外来種、ニジマス(水口憲哉)
> 【特別公開】 人新世の現実と内水面の釣り 『外来種は本当に悪者か?』を読み解く①(水口憲哉)
> ニジマスとはどんな魚か
1877年、日本は米国から最初にニジマス卵の寄贈を受けた。1887年、日本政府は米国から輸入したニジマス卵を中禅寺湖と猪苗代湖へ移殖放流している。… サケ科魚類の海外からの移入と国内移殖は、水産庁が推進して全国各地の川と湖で、多額の税金を投入して進められてきた事業だ。そういった過去の事実は21世紀に入って登場した生物多様性の思想とはそぐわない。水産庁は苦慮しているが、すり合せはできていない。…
(堀内正徳)2014年3月
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