「フライの雑誌」最新第127号掲載の〈発言! 川や湖に関わる皆さんにお願いしたいこと 水産庁の担当者から〉を公開します。寄稿者は櫻井政和さん(増殖推進部栽培養殖課長)。内水面(川と湖)の釣りを包括的に担当しています。(現在は防災漁村課長)。本誌読者はご存知の通り、櫻井さんは初代の釣人専門官です。日本の内水面漁業・遊漁(釣り)制度の問題点と未来のありようについて、長年にわたって積極的に発言してきています。櫻井さんによる本誌125号の「子供釣り場」の提案には、大きな反響がありました。日本の川と湖の釣りの未来を次世代へつなげるために、水産庁として何ができるか、釣り人・漁業組合に何を求めるのか。最新の情報をもとに分かりやすく整理してくれました。
(編集部・堀内)
参考: 漁業経済学会「内水面における漁場管理の展望と課題」
2023年6月11日 無料公開シンポジウム 開催
司会 櫻井政和(漁業経済学会会員)
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発言!
川や湖に関わる皆さんにお願いしたいこと
水産庁の担当者から
櫻井政和
水産庁 増殖推進部 栽培養殖課長
(※寄稿当時)
2022年9月の「第2回内水面漁協経営ウェブセミナー(やるぞ内水面漁業活性化事業内水面漁場管理実態調査分析にかかる検討会)」での私の講演内容を、最新事情も織り込んで再構成しました。(櫻井)
「川が荒れると魚がいなくなり、川を訪れる人も減少して、
すべての人が不幸になる。」ことを防ぎたい。
本誌の読者には、釣り人に加え内水面漁協の組合員、県庁や水産試験場の職員など、仕事として川や湖に関わっている方も多いのではないかと思います。中には、「釣りはしないけど川や魚が好きでよく見にいく」という方もいるかもしれません。
本稿では、そうした方々に向けて、これからの数年間で考えていただきたいこと、お願いしたいことを書いています。
私は、それらを踏まえた関係者の行動や活動が、これからの10年間で、川や湖、魚、釣りが、どんなふうに移り変わっていくのかにつながっていくと考えていますが、その辺りの話は後段に譲るとして、まずは最近行った漁協の組合員の方に向けた呼びかけを見ていただきたいと思います。
組合員は増えていますか
平成30年に水産政策の改革の一環として改正された漁業法に併せて水産業協同組合法も改正され、内水面漁協の組合員資格に「水産動植物の増殖をする者」が追加されました。これにより「魚釣りはしないけど、アユの放流や河原の清掃などには参加する」といった方も、住所や活動日数の要件を満たせば正組合員になることができるようになりました。
こうした経緯を踏まえて、この数年来、水産庁では「改正漁業法・水協法を活かして、組合員を増やす取り組みを進めてください」と、現場の漁協や県内漁連、全内漁連に繰り返し呼びかけてきました。
改正漁業法・水協法の施行から2年、同改正法の公布(改正内容が世の中に明らかにされた)から4年が経過した現在、私は内水面の関係者全般に向けて、「組合員増に向け、どんな取り組みをしたのか?」を問いかけたいと思っています。
改正法の規定による「増殖する者」だけではなく、従来規定されている「採捕する者」でも「漁業を営む者」のいずれの資格に関することでも結構です。また、取り組みはお金をかけなくても、声をかけるだけでも手間をかけるだけでも結構です。組織でも個人でも、どんなレベルでも結構です。
組合員を一人でも増やすために、何か具体的な行動をとっていただいたでしょうか。
私が組合員を増やす取り組みにこだわる理由は、組合員を増やすことが組合という組織の維持につながると考えているからです。
では、組合員を増やし、組合を維持することは、どんな意味を持つのか。それはこれと逆の方向、すなわち、「組合員が減る→組合が解散する→漁業権がなくなる」といった事態を考えればわかりやすいと思います。
こうした事態が起こると、川が荒れて魚がいなくなり、川を訪れる人も減少します。そうなると、組合員も地域住民も釣り人も県庁職員も、すべての人が不幸になります。だから、こんなことが起こらないよう、今からでも組合員を増やす取り組みを考えて、実行に移していくことが必要です。
2019年、全内漁連の機関誌「ぜんない」に系統組織関係者に向けた組合員増の呼びかけを寄稿しました。この項目の締めくくりとして、当該寄稿の核心部分を再掲します。
『一般論として、人口減少が進む中で組織の拡大を図るのは、容易ならざることですが、川や湖のため、地域のため、釣り人のため、自分のため、「ここはがんばりどころ」と見定めて、関係者一丸となって組合員を増やすことを真剣に考えていただきたいと思います。(中略)みんなで川と湖、魚と人(漁協組織、釣り人等)がもっとよくなるように、がんばりましょう!』
漁協、自治体、水産庁に情報を提供してほしい
さて、本年は多くの都道府県で「内水面の漁業権」である第五種共同漁業権の免許の切替えが行われます。
知事から漁業権の免許を受けた漁協は、同漁業権の存続期間である10年間、様々に変化していくであろう河川環境や釣り人ニーズ、組合員意識といったものに対応しながら活動を続けていくことになります。
以下、漁場(釣り場)の管理がひとつの節目を迎えようとする中で、内水面の関係者にお願いしたいことを列挙してみます。
【内水面漁協等の組合員の方へ】
組織の中で活動の方向性や内容について議論を重ね、その結果を系統組織においてボトムアップで提案していただきたい。
現場発の議論を積み上げていくことは、系統組織の基本的かつ重要な機能だと考えていますが、近年、あまり活発に行われていないと認識しています。
漁業権切替えのような節目においては、現場発の議論や提案が大きな価値を持ちます。漁協の役割や機能とは何か、改めて考える機会になればよいと思います。
【釣り人、河川湖沼、魚が好きな方へ】
釣り場やなじみの川で起こっていること、困ったこと、感心したことなどの情報を、地元の漁協や自治体、水産庁等に提供していただきたい。
内水面漁協の活動や議論に興味を持ち、見守っていただきたい。また、機会があれば漁協に関する議論に参加していただきたい。
川や湖を見ている人々が考えていることを発信したり、適切な相手に伝えたりすることは、漁場管理を担っている漁協の志向や活動にプラスの影響を与えると考えます。
【自治体職員の方へ】
内水面漁業・漁協に対する関与や関心を高めて、具体的な支援や取り組みの実現を進めていただきたい。
あえて「自治体」と書いているのは、都道府県だけでなく市町村にも内水面漁協への関心を高めてもらいたいと考えているためです。
詳細については割愛しますが、ご興味のある方には、神奈川県小田原市の事例をまとめた「市町村における内水面漁協支援の取り組みについて」というレポートを提供することが可能です。
海を持たない市町村はたくさんありますが、河川湖沼のない市町村は我が国ではごく少数だと思います。都道府県の水産当局から市町村に向けた情報提供の充実等が、内水面漁業・漁協に対する市町村の支援につながると考えています。
なお、都道府県には、内水面水産試験場(又はそれに相当する試験研究組織)における社会科学系の研究・調査を充実するよう、働きかけを始めています。
例えば、内水面漁協の運営分析や遊漁の地域経済への貢献分析などを進めていただければ、漁協による取り組みの選択肢も拡がっていくはずです。
水産庁は何を考えていくか
「川が荒れて魚がいなくなり、川を訪れる人も減少して、すべての人が不幸になる」ようなことを防ぐためには、漁協における組合員を増やす取り組みと並行して、漁協の活動を維持・発展、活性化する取り組みや支援のあり方を検討し、それを施策の中に取り入れていく必要があります。
水産庁では、現場の漁協に向けた支援として、水産政策の改革の中で2019年度に新しい事業を立ち上げて、漁協運営に即効性の効果がある遊漁料収入の増加を図るため、電子遊漁券の普及等を実施してきました。
「内水面漁協は何を目指すか?」という観点での検討は、不断の取り組みとして行っていく必要がありますが、次の大きな節目は第五種共同漁業権の切替えが行われる本年秋以降に到来すると考えています。
切替え後の10年間の漁業権存続期間において、どのような活動を行って漁場を管理していくのか、冷静に考える機会になるだろうということです。水産庁による支援の内容や方向性も、こうした動きに併せて検討していくことになります。
現場での議論に当たっては、「漁協が漁協として維持発展することに依拠した活動」をベースに置いた取り組みの検討を提案したいと思います。
本誌でもおなじみの水産研究・教育機構の中村智幸さんは、2021年の論文で社会が内水面漁協に期待していることのトップ3が、①生態系の保全、②川や湖の清掃・美化、③川や湖の水質改善、であることを明らかにしました。
日々の漁協の活動の中で、こうした期待に応えているという感覚を持っている組合員の方も多いのではないかと思います。
でも、ここで一度立ち止まって考えてみると、内水面漁協の本旨の一つは「漁場の管理」であるはずですが、上記の①~③はそこから少し離れたところにある取り組みと感じられます。
このため現実的な話として、水産庁の支援に関して①~③を正面から取り上げて検討するようなことは、困難であると考えます。
極端なケースとして、「内水面の漁業(漁協)は、存在していること自体が尊く、普遍的な価値を持つ」といった認識が確立されたとすれば、広い意味での「伝統芸能」のような位置づけに近づくことになるので、現在でも自治体等で行われている伝統芸能保存事業のような支援を受けられる可能性が出てきます。
時間のある方は、ウェブ上で「伝統芸能 支援」と検索すると、各種の支援策がヒットします。いくつかサイトを開いて、事業趣旨だとか事業目的の部分にある「伝統芸能」という言葉を「内水面漁業」と読み替えてみてください。上記の仮定に立って解釈すれば、なかなかよく適合するのではないかと思います。
このように、内水面漁協が行う取り組みに対しては、水産庁以外の組織も支援を行うことが可能です。様々な方面に向けて発信できるような取り組みを進めてくことも、選択肢の一つとして否定されるものではありません。
水産庁でも、なるべく柔軟にいろいろ考えている、とご理解ください。
近年増えている冬季ニジマス釣り場は、総じてメリットが多い。
素晴らしい展開だと思います。
漁協の立ち位置と「冬季ニジマス釣り場」
前出の中村さんは、昨年の水産業界誌への寄稿において、内水面漁協は『社会における自らの「在り方」や「立ち位置」を検討するのが良い』と述べています。非常に示唆に富む表現だと思います。
「漁協が漁協として維持発展することに依拠した活動」は、現時点で私が考える内水面漁協の「立ち位置」であるとも言えますが、「それは具体的にどんな取り組みか」と問われれば、真っ先に思い浮かぶのは、「冬季ニジマス釣り場」です。
ニジマス活用、漁場有効利用の観点から、近年、各地で取り組みが進められています。
私も年明け以降、いくつかの冬季釣り場を見学しましたが、どの釣り場も寒い中、熱心な釣り人の姿があり、頼もしく誇らしい気分になりました。
「産業管理外来種」とされているニジマスですが、内水面漁協は昔から漁業権の枠組みの中でうまく利用しながら付き合ってきました。古くから生産技術が確立された養殖魚としても有名ですが、近年ではサーモントラウトの種苗としても注目されています。
見学した冬季釣り場の漁協関係者からは、冬でも遊漁料収入が得られる、釣り場に人がいるのでカワウ被害が低減される、とのお話がありました。一方で、「俺はアユ師だから、マスに力を入れるなら組合から脱退する」とのやりとりもあったそうですが、総じて冬季釣り場はメリットが多いと見受けました。
冬季ニジマス釣り場は、柔軟な漁場管理を志向する漁協、渓流魚の禁漁期間設定との関係を整理する県庁水産部局、年間を通じて放流用種苗を供給する養鱒業者、熱心に釣り場に通う釣り人、と広範な関係者の理解と協力があって成り立っています。
こうした「総合芸術」ともいえる取り組みの結果が、漁協運営にプラスの効果を及ぼすのであれば、尚更好ましい、素晴らしい展開だと思います。
また、「保全と利用」のバランスが問われる局面が増えている内水面漁業ですが、外来種であるニジマスについて、関係者の理解のもと適切な利用(放流、釣り)を続けていくことができれば、それは漁協や現行漁場管理制度が誇るべき、大きな業績になると思います。
釣りの未来、漁協の未来
水産庁では、職員有志によるプロジェクト的業務として、「子供釣り場」の設置、運営、活用に関する提案を行っています。本誌第125号に、『「子供釣り場」の魅力と政策性』と題して提案の経緯や内容を紹介する文書を寄稿しました。
この寄稿を見たり、口コミで提案を知ったりした方々から、様々な形でコメントをいただいています。
行政機関が施策を検討していくのに当たって、初期のアイデアや原案に近い段階(上記の寄稿では「政策のタネ」と記載しています)から、外部社会に内容を公開して意見を募り、それに反応が出てきて検討にフィードバックされるような展開は、なかなかお目にかかれない珍しいケースです。
それだけに手探りの部分も多く、現時点で具体的な設置場所の目算は立たず、進捗は遅々としていますが、子供釣り場として実現する可能性が高いのは、「淡水の池」すなわち「内水面に」ということだろうと思っています。
大きな節目を乗り越えて活動が活性化した内水面漁協の皆さんと、子供釣り場プロジェクトでコラボすることができたら、さぞかし楽しいことが起こるだろうと夢想しています。
目指すところは、「豊かな釣り文化が未来に継承されること」です。
川や湖、魚をめぐる状況には厳しい要素も多くありますが、魚を介して「漁場の管理」ができる組織は、現行制度の枠組み内では内水面漁協だけです。釣り人を筆頭に、応援団となる勢力もたくさんいるはずです。
関係者の皆さん、川と湖、魚と人(漁協組織、釣り人等)がもっとよくなるように、みんなでがんばりましょう!
(了)
発言! 川や湖に関わる皆さんにお願いしたいこと 水産庁の担当者から(櫻井政和)|フライの雑誌第127号より
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第126号〈隣人のシマザキフライズ特集〉続き。島崎憲司郎さんのスタジオで2022.12.26撮影。狭いシンクを泳ぐフライ。まるっきり生きてる。これ笑うでしょ。まじやばい。(音量注意) pic.twitter.com/vFuHHPEJvh
— 堀内正徳 (@jiroasakawa) December 27, 2022
フライの雑誌 124号大特集 3、4、5月は春祭り
北海道から沖縄まで、
毎年楽しみな春の釣りと、
その時使うフライ
ずっと春だったらいいのに!