【公開記事】舟屋の町の夢に関わって考えたこと|労働者協同組合による釣り場運営の試案と、子ども釣りクラブ(釣り場時評99 水口憲哉)|フライの雑誌-第126号より(2022)

フライの雑誌-第126号(2022)から、〈釣り場時評99〉舟屋の町の夢に関わって考えたこと|労働者協同組合による釣り場運営の試案と、子ども釣りクラブ(水口憲哉)を公開します。

summary
●内水面漁協が存在せず、イワナが分布せず、ヤマメが
過去に一時期生息していたという丹後半島の筒川。

●労働者協同組合の組合員が漁協を設立すれば、
釣り場を運営し、余剰金の配当を受けることができる。
村落共同体の再生の在り様、地域振興の一助となり得る。

●子ども釣りクラブが伊根町に出来たらお祝いに贈ろうと思い、
矢口高雄著『釣りキチ三平』全巻を購入した。

釣り場時評99

舟屋の町の夢に関わって考えたこと|
労働者協同組合による釣り場運営の試案と、
子ども釣りクラブ

水口憲哉
(東京海洋大学名誉教授・資源維持研究所主宰)

フライの雑誌-第126号(2022年発行)掲載

●筒川マス増殖計画

本誌一二四号の木村圭一「舟屋の町でマスを育てる 筒川マス増殖計画」は、木村さんの夢に共感してか読者に好評である。

二〇一五年秋に木村さんは、京都府与謝郡伊根町観光協会の吉田さんからの町内内陸部(旧筒川村)を活性化し、観光客と移住者の増加を図りたいとの山間部在住の町民の意向を受け、筒川マス増殖計画に着手した。

かなり以前より内水面漁協が存在せず、イワナが分布せず、ヤマメが過去に一時期生息していたという丹後半島の筒川(流路一八㎞)について描いた木村さんの夢。

①筒川に美しく大きなマスがたくさん生息するようにしてフライフィッシング釣り場を育てたい。

②廃田等を利用して養殖場、池型の管理釣り場を造り、地元の雇用につなげたい。

調査に通う木村さんが水口を紹介してくれと堀内編集人に連絡したのは、二〇一九年九月であった。筆者がこの伊根町の内水面漁業振興プロジェクトにかかわったのはこの時から二〇二一年二月までの一年半であった。

二〇二〇年四月にはチケットも送られてきて伊根町に伺うことになった。しかし、コロナが心配になる情況になりだし、中止になった。その後一年間、木村さんとは一〇回以上の調査報告資料送付等、手紙とメールのやり取りですっかり現場に行った気になっていた。

しかし、いつまでもコロナが下火にならないので、ついに二〇二一年二月のウエブ会議となり、その数日後に筆者の「伊根町の釣り場企画について考えたこと」という報告書を送付し、このプロジェクトへの以後の参加は断念した。

以上四人のうち、水口と木村の二人が勝手にテンパッテ、もうアガッタつもりでいた。麻雀ならそんな感じ。

水口は、〈労働者協同組合〉と〈子ども釣りクラブ〉で一人舞い上がってしまった。よく考えてみると伊根には一度も行ったことがないのに、文献資料や映像で行った気になってしまっていた。

結局、二〇二一年二月に、コロナが理由とは言え一年半も現場を訪れていないのはいくら何でも目茶苦茶であると考え、ウエブ会議を機に了承を得てオリテしまった。

しかし、今年の六月には堀内編集人が伊根を訪れ、吉田さん、木村さんと交流している。ある意味、ある部分で筆者と交代したことになる。

●丹後半島のサクラマス

ここで、丹後半島のサクラマスについて考えてみる。

拙著『桜鱒の棲む川』で詳しく分析している水産事項特別調査(農商務省農務局発行)で、一三〇年前の鱒漁獲量を見てみると、隣の宮津市栗田湾にそそぐ流路一四六㎞の由良川(当時の大雲川)では、鮭、鱒、鮎が漁獲されていたが、丹後半島の筒川、宇川(一八㎞)、竹野川(二七・六㎞)では三種とも漁獲の記載が無い。その後現在までいくつかの河川漁獲量資料にも記載がない。

ただ、奇妙なことに、より栗田湾の奥に流入する流路二・一㎞の二級河川大雲川では今でも数尾だが鮭が産卵回帰している。明治中期までの小氷期の影響も終わり、温暖化に向かう海況の現在、『桜鱒の棲む川』でも指摘しているように、丹後半島の小河川でのサクラマス増殖事業は困難かもしれないと言わざるを得ない。

海況変化という広範囲、長期間の大きな変化と、サクラマスでは人工孵化放流には無理があるという小さな問題との間でどうするかという難問でもある。

二〇二〇年二月一八日、東京国際フォーラムで行われた水産庁主催の補助事業「やるぞ内水面漁業活性事業」成果報告会で、全国一二の団体の実績発表のうち、京都府関連で二つもあった。この報告会で主催者としてあいさつしているのは櫻井政和さんである。

そこで京都をキーワードとしていろいろ調べているうちに、平成二六年の調査受託者賀茂川漁業協同組合の〝「鷺知らず」に関する活用実証報告書〟を京都市のサイトに見つけた。鷺知らず(オイカワ)については、二〇二一年三月発行の『オイカワ/カワムツのフライフィッシング 増補第二版』(フライの雑誌社刊)に書いた。

この京都の名産(名物)ともいえるオイカワの釣りを子ども達が楽しむところから始めなければならないと思い、木村さんへの二〇二〇年六月一九日の手紙で上記資料を同封して、卒論でオイカワをやった櫻井政和さんのことにもふれて、最後に、〝そろそろ産卵が始まるとは思いますが、もしいないのなら筒川水系にオイカワの移殖放流を検討してみることもよいのかもしれません。〟と書いている。

ここで、水口がすっかり舞い上がった〈労働者協同組合〉と〈子ども釣りクラブ〉について、二〇二一年二月二〇日にまとめた「伊根町の釣り場企画について考えたこと」からの抜き書きを中心に整理する。

●労働者協同組合とは

労働者協同組合について。

ウェブ会議での吉田さんの「内水面漁業協同組合は利益金を組合員に分配することができないのか」という質問に対しては「その通りである。」としか答えられない。そこで以前から気になっていた労働者協同組合について調べてみた。以下、労働者協同組合による釣り場運営の覚書。

一、 伊根町内の五名以上の参加希望者でつくる労働者協同組合による釣り場と、養殖場づくりをはじめとする地場産業の育成──町内筒川水系の川や湧水という共有の水を使って、個々の休耕田で淡水生物の繁殖を助長し、結果としてそこを釣り場や養魚場とする。

労働者協同組合の構成組合員の一部が将来的には内水面漁業協同組合を作り、筒川での漁業権の免許を受ける。そして、そこで釣り場を運営することも可能。村落共同体の未来における再生の在り様ともなり、これが伊根町内陸部における地域振興の一助となり得る。

二、 労働者協同組合名、これについては「伊根町淡水労働者協同組合」(仮名)など参加者が考える。

事業内容としてはまず、次の三部門が考えられる。①養魚部門:地元消費、釣り場への供給、町外出荷。②釣り部門:主に町外からの観光客を対象と考える。③地場産業部門:小水力発電、ワサビ、ジュンサイ、レンコン等栽培、花卉栽培。出荷先は養魚部門と同じ。

①と②は担当組合員が将来内水面漁協を設立する。どの部門も将来的には可能であれば海水へも拡大してゆく。

どの部門も組合員の食堂や宿泊施設等と綿密な提携関係を結ぶ。一人一票の平等な決定権で、出資株数の多様な出資者であり経営者でもある組合員は、下記の働き方の組合員より構成される。一人で重複してもよい。(中略)

ひとまず、次のような決まりが考えられる。具体的には設立された労働者協同組合の組合員が決めればよい。

⑴余剰金の配当は、教育繰越金への配分を優先し、組合員への配当については、時給となる可能性のある給与額の決定とともに総会で決める。法的に置かざるを得ない理事等のブルシットジョブは時給なしとする。

⑵年一回の総会における議決権は伊根町在住の組合員に限定される。町外の個人や法人も組合に加入できるが、労働に対する給与は支払わない。総会の議決に関しては町内の組合員一名に対して五名分に限り委任状を託す。

⑶具体的な運営については、月一回労働者(伊根町内の組合員)が協議し相談する。

●釣り天国、釣り公園とは

子ども釣りクラブについて。

釣り天国、釣り公園等と称してもよいこの釣り場事業は、町内内陸部に散在する多様な釣り場よりなる。これらの釣り場を来場した人々は自転車で移動する。

町内の中学生以下の子どもは釣りパスポートを所持し、どの釣り場でも無料で出入り自由。そして、釣りに上達しインストラクターとなる。観光客中の町外の子どもは大人の十分の一程度の料金とする。

内水面漁協ができるまでは筒川水系での釣りは当たり前のことだが自由である。これが本来の自然。ただそれが子どもにとって釣り天国とは限らない。

まず観光協会が伊根町子ども釣りクラブ(仮称)に、筒川の釣り調査を依頼することから始まる。統合等により廃校になった小学校の校舎等が残存していれば、伊根町淡水労働者協同組合(仮称)の事務所として借用し、そこに子ども釣りクラブの部屋を置く。

子ども釣りクラブの部員は小学生中心であるが、もう一つ高校生に伊根町青年釣りクラブ(仮称)をつくってもらう。なお府立宮津高校伊根分校では四年生の「勤労体験学習」というのがあり、伊根町淡水労働者協同組合もその事業所の一つに入れてもらう。中学生は、二つのクラブの希望する方に加入する。

●釣りキチ三平とオイカワ釣り

本誌第一二五号掲載の〈「子供釣り場」の魅力と政策性〉(櫻井政和)は、今回子ども釣りクラブを考えるのに大変参考になった。考えたことを三点だけ。

①ルール・マナーというが、子どもは釣りを楽しむ中で、自分たちなりの決まりを作ってゆく。まずそれでよいのではないだろうか。
②〝政策性〟に当たるのが、この場合は労働者協同組合を作り維持すること。
③EBPM(証拠に基づく政策立案)に相当するのが、実績によって地域の人々の収入が確保され生きがいとなること。

同号の堀内正徳の記述「八歳から一三、一四歳くらいが子どもの釣り場の黄金期」と、「子どもたちが余計なことを考えずに釣りが楽しめる釣り場の環境を提供し、未来へ残すことだろう。」は全くその通り。

この子ども釣りクラブが伊根町に出来たらお祝いに贈ろうと思い、矢口高雄著『釣りキチ三平』全三七集を購入した。この全集の中でオイカワが登場するのは第五集おもしろつり編だけのようである。その最後の七五ページが「ジンケンのゴロ寝釣りの巻」と「ジンケンのよびもどし釣りの巻」である。

ジンケンというのはオイカワの地方での呼び名であるが、筆者の調査によれば、長野県、新潟県及び秋田県の雄物川流域でそう呼ばれているようである。漢字で人絹であるが、人造絹糸の略称でキレイだけれども弱いというオイカワの性質からきた呼び名と思われる。

次にゴロ寝釣りだが、矢口さんがまだ銀行員だった一九七〇年に大館市で出会ったペンペン釣りがヒントになっている。

筆者もこれと同じ釣り方を秋川で見たことがある。口からトンブリかナタネのような実を水面に吹き付けることはしていなかったと思うが、まるでカツオ釣りのようにかかったオイカワを後ろの川原にとばし、次々と水面をたたいていた。

もう一つの呼びもどし釣りだが、これは秋川ではアンマ釣りと呼ばれ、子どもの釣りであった。実はこの子どものアンマ釣りに修士論文作成の際大変助けてもらっている。

一九六五年から三年間、秋川流域の小宮から東秋留までの五ヶ所で行われた、秋川漁協支部または各地の小学校主催の夏休み中の釣り大会に仲間と共に調査で参加した。つり人一人一時間当りの釣獲量(CPUE)を調べ各流域におけるオイカワとウグイの密度比を算出したのである。

その結果、キレイに上流でウグイが多く、下流でオイカワが多いという傾向が明らかになり、なおかつオイカワの孕卵数(抱卵数)と密度が反比例するという密度効果と考えられるものが見事に見られた。

●伊根という古くからの漁村

最後に、伊根町での調査に筆者がそそられた理由を考えてみる。

一九八〇年代、舞鶴石炭火力発電所建設の漁業への影響調査の際に蜷川府政における漁業への対し方や、伊根という古くからの漁村の存在には注目した。しかし、伊根に行くのであればやってみたいことが二つあった。

⑴筆者の淡水魚研究の手引きというか入門書は宮地伝三郎(一九六〇)「アユの話」であるが、その舞台が伊根の隣町である旧東丹後町の宇川である。この宇川地区では一九五五年から始まる京大の調査の当時米軍の無線通信基地建設への反対運動があった。そのことを二〇二〇年四月二七日からの朝日新聞連載「現場へ」で知った。

⑵丹後半島の西端旧久美浜町での「久美浜原発反対闘争の記録 美しいふるさとを守り続けて」という貴重な資料を地元の方から送って頂いていた。久美浜は湊漁協をはじめ漁民が原発をはねのけた地域でもあるが、もう一つよくわからないこともあり、一度行ってみたいと思っていた。

上記、櫻井政和さんの提案を読んだことと、二〇二〇年一二月に国会で成立した「労働者協同組合法」が二〇二二年一〇月に施行されたことから、今回、伊根内水面漁業振興プロジェクトへのかかわりを時評で報告した。

(了)

2022年6月、釣り旅の途中で伊根町を訪れた。木村圭一さんに筒川流域を、伊根町観光協会さんから世界的に有名な「伊根の舟屋」を案内していただいた。筒川がマスであふれる未来へは川の規模などの点で紆余曲折ありそうだ。「子ども釣りクラブ」の発想は本誌前号の水産庁提案とも合致し、時代の要請でもある。伊根町の新しい話題作りになるのではないか。(編集部 堀内)

伊根の舟屋

伊根の舟屋

伊根町遠望

伊根町内を流れる筒川。(2022年6月撮影)

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