> 産業管理外来種(ニジマス、ブラウントラウト、レイクトラウト)って何だろう
> 〈産業管理外来種〉〈国内由来外来種〉は釣りや漁業とどう関わるのか? 水産庁釣人専門官に聞いてみた
「世界ふしぎ発見」を見ていたら、イランの民家でふつうに「マスの塩焼き」を食べていた。ニジマス養殖が盛んなんだって。ニジマスはもともと外来魚だ、いや産業管理外来種だ、なんだかんだ言ってる日本がアホらしくなる。
ニジマスはもともと食糧増産目的で、日本が国策で100年以上も増養殖を推進してきた魚。何をいまさら外来種だから適切に管理しろなどと、どの口が言うんですかとニジマスが泣く。生物多様性保全の実践について、イランが遅れていて日本が進んでいる、というものでもかなろう。
いまだに役人みたいに、〈外来種問題〉とひとくくりにする科学者の論調をみると「落ち着いて!」と思う。魚なら水域・種ごとでの現状に立脚した実効性のある具体策を提案するのが、科学者のしごと。その上で喫緊の課題である生物の生息環境を保全する活動の論理的支柱として、身体を張ってほしい。人類共通の資産のために。
役人や政治家とつるみたがる科学者は弱い。そして怖い。それは身の回りからいなくなった生物たちと、失われた自然環境が、もう十分に、さんざん証明している。だから踏んばりなさいと言っている。
「あなたが喜んで釣ってるそのオイカワの遺伝子を解析したら、琵琶湖のコアユ放流といっしょにやってきた西日本型のアレでした。」と、分析好きの科学者に言われたところで、だからどうした、川をこわして魚が生きられなくする工事には反対だと、夜泣き谷の銀次なら言うだろう。
外来生物法は、その生物が明治元年より前から日本国に棲んでいたか、以降に入ってきたかを根拠に、〈在来種〉〈外来種〉に分類する。生物を国境や人類史の網でくくるのは、あたりまえだが科学的態度とは言えない。きめ細やかな現実対応なしの施策は、多様性を阻害する。日本では中身の前に器の底が抜けているわけだから。
「日本の自然がー」「在来種がー、外来種がー」というくくり方は、浅くて乱暴なオカルトか、よくてファンタジーであって、親学とか江戸しぐさとかと親和性が高い。妄想するのは自由だが、妄想を社会に強制するとそれはファシズムと呼ばれる。うっかり利用されてしまわぬようにしたい。
外来生物法を守らないといけないよね、というアピールは立派だけど、遵法精神にも昨今は疑問符がつく。外来生物法の成立過程がまともだったとは思えない。きみは共謀罪国会を見たかい。
失敗は訂正すればいい。人間にはそれができる。
今日の明け方にはこんな風なややこしいことを考えていたが、昨日の夕方はオイカワ釣りに興じていたのであった。しごとのうちです。