【公開記事】レッドデータブックを疑え|『桜鱒の棲む川』(水口憲哉)より

単行本『桜鱒の棲む川』(水口憲哉2010)より、〈北海道・斜里川ほか〉北の大地のサクラマス、特別な事情を公開します。

ルアーやフライフィッシングでのゲームフィッシュとして人気の高いサクラマス。サクラマスは、故郷の川と海とを行ったり来たりすることで命をつなぎます。サケ科魚類のなかで、いまだもっとも多くの謎が残された魚と呼ばれます。

近年はサケ・マスの不漁にともない、水産資源としてのサクラマスへの注目度がこれまで以上に高まっています。一般のマスコミでサクラマスが扱われる機会も多くなっていますが、サクラマスの生態への理解度はまだまだ低いようです。

単行本『桜鱒の棲む川』では、サクラマスののぼる日本列島各地のそれぞれの川について横断的に調べることにより、サクラマスのブラックボックスを平明に解きあかしています。

美しいサクラマスを未来へのこすために、なにが必要なのか、私たちになにができるのかを考えてみませんか。

※サクラマス(O. masou)とヤマメは同種。サクラマスは川から海へ回遊する個体 (回遊型)で、ヤマメは一生を河川内で生活する個体 (河川残留型)。(岐阜県水産研究所)  故郷の川と海の両方を棲み家として利用して、種としての命をつないでいく点で、サツキマスとサクラマスの生態史は同じ。

(編集部)

・・・・・・

レッドデータブックを疑え

『桜鱒の棲む川』より
(水口憲哉)

山形県赤川のサクラマス(撮影:松田洋一『桜鱒の棲む川』より)

環境省と水産庁はそれぞれの勝手な思惑で、特定の魚をレッドデータブックに出したり入れたりしている。サクラマスやサツキマスにとっては、私たちは何なのかということだ。

レッドデータブックはどう作られるのか

レッドデータブックとは、絶滅のおそれのある野生生物の種のリストを掲載した冊子のことである。近年は環境ブームということなのか、このレッドデータブックが何かと持ち出される。メダカがレッドデータブックに載って大騒ぎしたのは記憶に新しい。

二〇〇五年の特定外来生物法の策定時、筆者は環境省・特定外来生物諮問委員会の議論に参加した。環境省作成のレッドデータブックを元にそれぞれの魚をひとつのカテゴリーに入れたり位置づけしたり、悪者として指名手配したりすることについて、そのおかしさを批判した。

それぞれの魚が本当はどういう生息状態におかれていて減っている原因が何なのかを、専門家と称する委員たちがほとんど理解していなかったのが一番の問題だった。

レッドデータブックに載る、載らないの根拠はどんなものか。レッドデータブックにおけるサケ・マス関係の扱われ方に例を見てみる。

一九九一年のレッドデータブックでは絶滅種がクニマスで、サツキマスは絶滅が心配される種だとされていた。それが長良川河口堰の建設反対運動との関連で、二〇〇三年には国はサツキマスをレッドデータブックから外した。

レッドデータブックに載るような貴重な魚を絶滅に追いやる可能性のある河口堰はとんでもないという声を恐れたわけだ。

かくして二〇〇三年のレッドデータブックには、サケ・マス関係では、クニマス、ビワマス、北海道のイトウの三種が掲載された。それが二〇〇七年のレッドデータブック見直しでは、もう河口堰も完成したからかまわないということなのか、その三種に加えて、サツキマスとヒメマスがいわば復活当選を果たした。環境庁はサケ・マス関係で合計五種を絶滅危惧種として認定したことになる。

水産庁が作成しているレッドデータブックはレッドリストと呼ばれている。

一九九八年作成のレッドリストには、サツキマスとビワマスとイトウが入っている。絶滅している田沢湖のクニマスは水産には関係ないということで、初めから問題にしていない。そしてサクラマスは、本書で見てきたように、自然そ上群が激減している地方がほとんどであるにもかかわらず、レッドリストに入っていない。

水産庁がサクラマスをレッドリストに入れないのはなぜか。

サクラマスは各地で漁業も行われているし、国の増殖事業でふ化放流もしている。絶滅危惧種を漁業で獲っていたら水産行政としてスジが通らないわけだ。つまり、環境省と水産庁はそれぞれ勝手な思惑で、特定の魚をレッドデータブックに出したり入れたりしている。

サクラマスやサツキマスにとっては、私たちは何なのかということだ。

お粗末な政治と科学に弄ばれる魚たち

ベニザケの湖沼陸封であるヒメマスは、各地の湖に放流されて人気がある。北海道阿寒湖のヒメマスは完全な自然の湖沼陸封型で、これは大事にしなければいけないとリストに載った。

同じ北海道にある洞爺湖のサクラマスも自然の湖沼陸封だが、問題にされたのは阿寒湖のヒメマスだった。どちらの湖でもヒメマスを釣っているし、増やしていることには変わらないのだが。

長野県諏訪湖にはアメノウオが生息している。地質年代的な大昔、天竜川を遡上したサツキマスがフォッサマグナと関連する断層湖(諏訪湖)に閉じ込められた。そのサツキマスが湖を利用して大型化したものが、アメノウオだ。

ワカサギを観光資源として大事にしている諏訪湖では、ワカサギを食べるアメノウオは害魚として扱われている。だからアメノウオ保護は言い出しにくい。

アメノウオを保護すべきだと思っている人々はむしろアメノウオを大騒ぎしてほしくない。アメノウオは漁の対象としては数が少なく漁協も意見が統一されていない。

結果としてアメノウオは絶滅危惧の議論から無視されている。本当はアメノウオは数を減らしており、差し迫った絶滅の心配がある魚である。

琵琶湖では準絶滅危惧種になっているビワマスが琵琶湖古来のヒウオ、コアユ、ならびに移入されたワカサギを食べている。諏訪湖ではアメノウオがやはり移入種のワカサギを常食している。これは国内外来魚と在来絶滅危惧種との関係という非常にややこしい問題になる。

日本の内水面漁業は国内外来魚移殖の歴史そのものなのだが、レッドデータブックはそれを整理できていない。

北海道ではシロザケ、カラフトマス、サクラマスの稚魚を川で捕食するイトウは、サケ・マスふ化事業の関係者、漁業者には長く害魚として扱われていた。イトウを釣って楽しんでいたのは釣り人だ。

だが二〇〇三年にイトウがレッドデータブックの絶滅危惧ⅠB類になると、北海道もイトウ保護に力を入れだした。北海道ではこれまで通り釣りを続けたい釣り人と、釣りを規制したい行政との間で摩擦が起こりだしている。

イトウ自身は関係なく昔からの生活を続けているだけだ。

要はお粗末な科学と政治の狭間で、サツキマスもサクラマスもビワマスもイトウも弄ばれている。筆者はレッドデータブックを作成すること自体を否定するものではない。ランク分けや種類分けを人々に分かりやすい、きちんとした基準でやるべきというだけの話だ。

国交省からの横槍が入ったからサツキマスは外すとか、ほとぼりが冷めたから入れるとかはご都合主義であり、おかしい。

特定外来生物法は「逆レッドデータブック」である

人間の都合でレッドデータブックに出し入れするのは、生物をいてもいい、いてはいけないと決めつける特定外来生物法の指定と構造は同じだ。特定外来生物への指定は、増えるのが問題だから減らそうというリストに入れることで、いわば「逆レッドデータブック」だと言える。

ニジマスとブラウントラウトは最初から特定外来生物の候補に挙がっている。ニジマスは全国でとても良く利用されているし、一〇〇以上の漁協の漁業権魚種になっている。

だから水産庁はニジマスを特定外来生物には絶対認められないし、環境省も怖くて手がつけられない。ブラウントラウトを漁業権魚種にしているのは四漁協だけだ。(※編注)

ブラウントラウトとニジマスが問題だと大声で言っているのは実際は北海道の一部の研究者で、両者が本当に問題なのかには疑問があるところだ。

それよりも北海道では、ブラックバスが函館大沼で数匹見つけられたら過剰反応して、ダイナマイトで爆殺せよという指令を出すぐらい滅茶苦茶なことがやられている。しかもそれを北海道の自然保護協会が認めるというとんでもない事態が起きている。

本当に理解に苦しむ。

イトウの問題も含めて、いま色々な問題が北海道で軋みだしているといえる。

いままで通りの楽しみをつづけたいと言いつづけよう

筆者は二〇〇三年六月の中央環境審議会野生生物部会第五回移入種対策小委員会で、生物の生存に対する脅威と存続を脅かしている原因の変化を示すため、一九九一年と二〇〇三年のレッドデータブックを比較した。

すると両時期とも、原因全体の六割近くを河川開発、埋め立てなどの開発、ダム建設、森林伐採、道路工事などが占めていた。

ダムや河川工事の開発行為を抑えれば、生物の生存を脅かす原因の大部分がなくなってしまうと環境省自らが認めているわけだ。

恣意性のないレッドデータブックを作成するべきだと記したが、日本にそれをできる機関はない。環境省は水産庁とは互角でも国交省に対しては圧倒的に弱い。

ただし国交省の風向きも最近は変わって来ているので、そう単純でもない。だからあまり行政に期待するよりも、地域の人たちが自分たちで考えてやる。

百家争鳴の中でみんなが生物に関心を持って、減るのを防いでゆくとなればよいと思う。

国とか団体とか、大きな力で網をかけて物事を動かそうという考え方を、筆者は持っていない。

少数とはいえまっとうな人々が、自分たちの考えと言葉とで「この生物を守ろう」、「こういう暮らしを続けてゆきたい」、「こういう楽しみは認められて当然だ」と主張しつづけることが大事だ。

それが正しい限りは、基本的には大きな流れそのものが、だんだんとその主張のほうに沿っていくものだ。

国を動かそうとか大きな流れを作ろうと思うと、空しく徒労に終わる可能性がある。なにか新しいことを求めたい人は、そのことの実現に取り組めばいい。

でもそれ以前に、まず今までやってきた自分たちの楽しみを維持することだけでも大変なのである。

例えばサクラマスを今まで通り釣りつづけたいと言っても、ダムができれば釣りはできなくなる。今まで通りの楽しみをやりたいんだと、まず主張する。

その結果としてそういう声を持っている人々の集まりに、ひとつの評価がなされる。それがいま色々な場所で起こっていると思う。

それぞれの人々が愛着を持つこととか大切に思うことを、それぞれの場でしつこく言いつづけることが大事だ。

※編注  レイクトラウト、ニジマス、ブラウントラウトの魚類三種は2015年、産業管理外来種に指定された。外来生物法と漁業権魚種との水産庁なりの整理と言える。

> 【公開記事】産業管理外来種とは何じゃらほい 国策で増養殖が奨励されてきた外来種、ニジマス(水口憲哉)

> 産業管理外来種の管理について(水産庁資料)

> 【公開】『バックキャスト Back casts』を読んで サケ科魚類に見る現代の〈新しい野生〉(水口憲哉)

・・・

★著者インタビュー
『桜鱒の棲む川』は、今までに書いた本の中でもっとも気持ちの入った一冊です。
(水口憲哉)

桜鱒の棲む川 ─サクラマスよ、故郷の川をのぼれ! 水口憲哉(著)
ISBN978-4-939003-39-4
本体 1,714円

桜鱒の棲む川―サクラマスよ、故郷の川をのぼれ! (水口憲哉)。「サクラマスは人工増殖できない」がまさに本書の主題。2010年刊。

本文目次

Ⅰ 美しき頑固もの、サクラマス

プロローグ─ 桜鱒の棲む川をめぐる旅の始めに

いつから「サクラマス」と呼ばれるようになったのか/サクラマスの一族には四つの亜種がある/北海道での呼称「ヤマベ」は本州から伝わった/スローでマイペース、したたかな頑固もの、サクラマス/この一〇〇年でサクラマスの生息環境は激変した/川が川でなくなった時サクラマスは途絶える

Ⅱ  サクラマス・ロマネスク

六億六千万円かけて遡上ゼロの「県の魚」
コラム① サクラマスの起源を考える 
サクラマスのロマンと資源管理
コラム② ヤマメとサクラマスとを分ける鍵、スモルト化
一二〇年前のサクラマス漁獲量を読み解く 
コラム③ サクラマスの海洋生活と母なる川

Ⅲ サクラマスよ、故郷の川をのぼれ

山形県・小国川 ダムのない川の「穴あきダム」計画を巡って
コラム④ カワシンジュガイは氷河時代からのお友達
山形県・赤川 サクラマスのふ化放流事業は失敗だったのか
コラム⑤ 信州の高原にサクラマスが遡った日
秋田県・米代川 サクラマスの遊漁対象化と増殖事業との複雑な関係 
富山県・神通川 サクラマス遊漁規制の経緯とその影響
コラム⑥ 「戻りヤマメ」とは何だろう 
福井県・九頭竜川 九頭竜川は〈世界に誇れるサクラマスの川〉になるか
コラム⑦ 自由なサクラマス釣りの魅力とその未来
石川県・犀川 南端のサクラマスと辰巳穴あきダム訴訟
コラム⑧ 湖に閉じ込められたサクラマスたち 
新潟県・三面川ほか 新潟サクラマス釣り場の現状と問題点
コラム⑨ 中禅寺湖のホンマス、木崎湖の木崎マスの正体は
岩手県・安家川 サクラマスよ、ウライを越えよ
青森県・老部川 原発、温廃水、サクラマスの〈ブラックボックス〉 
コラム⑩ 海と川のサクラマス、どちらがおいしいか
岩手県・気仙川 サクラマスが群れる川のダム計画
コラム⑪ はじめに人工ふ化ありき
したたかに生き延びよ、サクラマス
コラム⑫ マリンランチング計画という悪い冗談
北海道・斜里川ほか 北の大地のサクラマス、特別な事情 
コラム⑬ 内村鑑三とサケ・マス増殖事業
岐阜県・長良川 長良川河口堰とサツキマスの自然産卵

Ⅳダムをやめれば、サクラ咲く

レッドデータブックを疑え 
コラム⑭ キツネのチャランケ
ダムをやめれば、サクラ咲く
コラム⑮ サクラマスは故郷の川でしか生きられない

エピローグ─ 桜鱒の棲む川のほとりで

あとがき

・・・

フライの雑誌 125(2022夏秋号)
> くわしい内容はこちら
Flyfishing with kids.
一緒に楽しむためのコツとお約束

子供と大人が一緒にフライフィッシングを楽しむためのコツとお約束を、子供と大人で一緒に考えました。お互いが幸せになれるように、子供が子供でいられる時間は本当に短いから。
子供からの声(10〜12歳)|大人からの声|水産庁からの声|子供と遊ぶための道具と技術と心がまえ|釣り人の家族計画|イギリスの場合|「子供釣り場」の魅力と政策性
特別企画◎シマザキワールド16 島崎憲司郎 
座談会「みんなで語ろう、ゲーリー・ラフォンテーン」
そして〈シマザキフライズ〉へ
ちっちゃいフライリールが好きなんだ|現役で使えるグリーンハート製ロッド大集合!|湯川の娘 知来要|カワムツはいつ、どこから来たか|海女のゆく末|メガソーラーの問題点
水口憲哉|中馬達雄|川本勉|斉藤ユキオ|カブラー斉藤|大木孝威|荻原魚雷|樋口明雄|島崎憲司郎

 

///

2022年7月発売・第125号から直送 [フライの雑誌-直送便]

 『フライの雑誌』の新しい号が出るごとにお手元へ直送します。差し込みの読者ハガキ(料金受け取り人払い)、お電話(042-843-0667)、ファクス(042-843-0668)、インターネットで受け付けます。

身近で楽しい! オイカワ/カワムツのフライフィッシング ハンドブック 増補第二版(フライの雑誌・編集部編)

フライの雑誌社の単行本「海フライの本3 海のフライフィッシング教書」

「離島の釣りはバクチです。バクチは楽しい。」(中馬達雄名言)

フライの雑誌-第122号|特集◉はじめてのフライフィッシング1 First Fly Fishing 〈フライの雑誌〉式フライフィッシング入門。楽しい底なし沼のほとりへご案内します|初公開 ホットワックス・マイナーテクニック Hot Wax Minor Technics 島崎憲司郎+山田二郎 表紙:斉藤ユキオ

島崎憲司郎さんの『水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW』は各所で絶賛されてきた超ロングセラーの古典です。このところ突出して出荷数が伸びています。

水生昆虫アルバム A FLY FISHER’S VIEW

特集◉3、4、5月は春祭り 北海道から沖縄まで、毎年楽しみな春の釣りと、その時使うフライ ずっと春だったらいいのに!|『イワナをもっと増やしたい!』から15年 中村智幸さんインタビュー|島崎憲司郎さんのスタジオから|3、4、5月に欠かせない釣りと、その時使うフライパターン一挙掲載!
フライの雑誌』第124号

単行本新刊
文壇に異色の新星!
「そのとんでもない才筆をすこしでも多くの人に知ってほしい。打ちのめされてほしい。」(荻原魚雷)
『黄色いやづ 真柄慎一短編集』
真柄慎一 =著

装画 いましろたかし
解説 荻原魚雷