『フライの雑誌』第125号(2022) 特集◎子供とフライフィッシングから、〈道具と技術と心がまえ 近所の子供と17年〉(堀内正徳)を公開します。
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【公開記事】
特集◎子供とフライフィッシング
『フライの雑誌』第125号(2022)
道具と技術と心がまえ
近所の子供と17年
堀内正徳(本誌編集部)
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最初はエサ釣り
子供と一緒に釣りをして教えられることが多いのは大人の方だ。
その近所の子供とは、ひょんな縁で知り合った。釣りをやらない先方の母親から、「うちの父親は頼りにならないので、この子の釣りは全面的に(専門家の)あなたへお任せします。」と言われた。
子供との釣りで何よりも優先されなければいけないのは、もちろん安全だ。子供連れで行って、周りに迷惑がかからず、費用も気軽で安全安心な釣り場というと、今の東京都下にはなかなかない。
2歳になった近所の子供を連れて、東京都養沢川にあるエサ釣りの池へ行った。私の父親が休日によく連れて行ってくれたところだ。
数十年ぶりに行って、昔と同じように丸竹ののべ竿に玉ウキをつけ、練りエサでニジマスを釣った。バンバン釣れるのだが、釣ったニジマスはすべてお買い上げだ。
子供には釣った魚を自分で殺して食べる経験をしてほしい。牧田肇氏の名文「残酷教育」を引いて「早熟カブトムシ」という表題の文章に理由を書いた。(『葛西善蔵と釣りがしたい』所載)
炭火で焼いたニジマスへ、生の玉ねぎのみじん切り入りのサラダオイルをかけていただくのがこの池の流儀だ。おいしそうに食べている近所の子供を見て、ふうん、と思った。私は生の玉ねぎが苦手だ。
「いいかよく聞け。ありがとうとごめんなさいと、ごちそうさまをちゃんと言えれば、世の中渡っていけます。」と説教した。
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子供の目線で
フライフィッシングで最初の1匹は、ぜひとも水面で釣ってほしい。魚が水面を割ってドライフライに出てくる瞬間は、フライフィッシングならではの感動がある。
関東近辺の管理釣り場では4月以降10月いっぱいくらいまでドライフライで釣れる。池型の釣り場が釣りやすく安全面でもいい。川の釣り場が併設されていれば尚いい。自然の水辺の多様性を子供に感じてもらえるかもしれない。
東京近郊なら、すそのフィッシングパーク、奈良子釣りセンター、フィッシュオン鹿留、うらたんざわ渓流釣場、リヴァスポット早戸あたりがおすすめだ。なのだが、当時はこちらに経験がなかった。
群馬県片品村の尾瀬フィッシングライブ(閉業)へ行った。平均50㎝オーバーが釣れる。大きな魚で喜ばせ、3歳児の人生を変えてやろう、というたくらみだった。
最初に私が手本で大物をかけて、ぐいぐいしなっている5番ロッドを近所の子供に渡そうとしたら、怯えられた。なんだこのいくじなしめ、とばかにしたら涙ぐまれた。
身長90㎝の子供にとって50㎝のマスは、大人にとっての1m超のGT級だ。それがドバドバやっている竿を渡されるのはたしかに怖かったろう。その日は結局、網を抱えて水辺を走り回るだけで終わった。それでも楽しそうだったが。
子供連れの釣りでは、常に自分が子供目線になって、事前にシミュレートすることが重要だ。とくに安全面では、気を使って使いすぎることはない。終日ぜったいに子供から目を離さない。幼い子連れで自分の釣りはできません。
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おすすめ両手持ちキャスティング
釣りの経験がないか、経験があっても浅い子供や初心者には、フライフィッシングと他の釣りとの間に差異はない。ただフライフィッシングには、フライキャスティングの垣根がある。でもフライキャスティングがあるから、フライフィッシングは他の釣りよりも楽しい。
子供や、力の弱い人におすすめのキャスティング方法がある。
7フィート・3、4番程度のフライタックルを用意する。片手でグリップエンド付近を支え、もう一方の手でグリップ上部を持つ。
ダブルハンドロッド状態だ。大切なのは〝両手で竿を持つ〟ことだ。それだけで安定性が断然増す。
ラインを3、4m引き出して水面に置く。リーダーはロッドと同じか少し短いくらい。両手で水平の位置に構えたロッドを、頭上へ勢いよく持ち上げる(イチ)。竿を両手で持っているので、ロッドの先はせいぜい後方2時で止まる(ニイ)。次のサン、のタイミングで、グリップエンド側の手を自分のお腹につくまで下げる。ロッドティップは前方11時で止まっているはずだ。
この両手投げの方法なら、キャスティングで最もありがちなバックで地面を叩く失敗が少なくなる。3歳児でも5mのラインをピックアップ&レイダウンするのは難しくない。十分に釣りになる。
初めてのフライキャスティングが上手にできるかどうかは、個々人が生まれ持ったセンス(運動能力ではない)による。センスのある子供のほうが、センスのない大人よりずっと上手なキャスターであるのは、よくあることだ。悲しがったり妬んだりしない。
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太すぎるグリップには注意
キャストができれば、釣り自体は簡単だ。ドライフライ自体が〝浮き〟だから、インジケータはいらない。キャスティングのバランスも悪いからインジケはつけないこと。
浮上してきた魚が子供のフライにバシャッと出たら竿を上げる。最初はうまくいかなくても、何度もやっていれば必ずキャッチできる。子供には〝ふわっとフライを落とす〟ことだけを伝える。大人は余計なことを口出ししない。子供には原始人の能力があることを忘れずに。
注意点は、通常のロッドグリップは子供の手には太くて大きすぎる。EVA製のごついグリップは削るべきだ。また、最近の安価なフライロッドのアクションは硬い。フライラインは指定より1番手重めをセットする。
子供は力が弱いせいか、パラボリックなアクションのバンブーロッドをとても上手に扱う。勇気があればお試しを。
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子供は急成長する
近所の子供のフライフィッシングの話に戻すと、3歳で鹿留川で初ニジマスを釣った彼は、4歳の時点で近隣の管理釣り場は総ナメしていた。5歳で自然の釣り場のオイカワとブルーギルを普通に釣り、6歳で近所の子供の近所の子供へ、釣りを教えていた。7歳の彼を高原の湖へ連れて行くと、9フィート・6番のシングルハンドロッドを両手持ちしてイワナを釣った。
小学校入学くらいからだんだんと片手でロッドを持つようになり、中学入学時点で私の釣り友達となった。悔しいことに生まれ持っての釣りとキャスティングのセンスは、私より彼の方が高いようだ。でも大人の経験値とインサイドワークに物を言わせ、釣りで負けたことはなかったはずだ。
知り合って17年がたち、元・近所の子供となった彼は、今春から遠くの土地で新しい暮らしを始めた。向こうでは一人で海や川を徘徊しているようだ。
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子供の釣り時間は短い
小学校の中学年くらいになると、子供は子供同士で釣りに出かける。子供たちにとって水辺は世間を知る社交の場にもなる。『黄色いやづ』(真柄慎一著)にこうある。
「おぼろげな記憶を辿ると僕が初めて釣りをしたのは、小学校の中学年くらいだったと思う。
十歳になるかどうかといったところだろうか。故郷、山形の野山を駆けまわり、虫捕りや魚捕りに夢中になっていた頃だ。」
『釣りキチ三平』の三平三平くんの年齢は「ズバリ11歳」だと矢口高雄氏が著書で言っている。それにならってズバリ言うと、8歳から13、14歳くらいが子供の釣りの黄金期だろう。
人生の中でとても短い、でもひょっとするとその後の人生に長く記憶され、深い影響を及ぼすかもしれない、大切な5、6年間。
大人が子供たちの釣りにしてあげられる役割は、道具を買い与えることや技術を指導することよりも、子供たちが余計なことを考えず釣りを楽しめる釣り場の環境を提供し、未来へ残すことだろう。
了.
【公開記事】水産庁からの提案:「子供釣り場」の魅力と政策性
(櫻井政和|水産庁栽培養殖課)
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